
手術⑪|闘いの代償
夜のICUという、暗く冷たい空気が漂う空間…
モニター音と機械音が響き、そして医師の息遣いが微かに聞こえている。
そんな中、私たちが目にしたのは、
「無数の管に繋がれ、全身が浮腫み、顔が真っ白になった息子の姿」であった。
一瞬、私の中では時が止まった。
これまでの人生でも、衝撃的なシーンには少なからず遭遇しているはずだが、ネガティブな驚きによって “時が止まった感覚” になったのは初めてだったかもしれない。
(こんなになってしまうのか…)
完全大血管転位症の手術後は皆、同じような容姿になるということを後に知ったが、この時はわからなかった。
(生きているのか…?)
という疑問すら感じるほど衝撃的な姿だった。
管に関しては、手術前より大量に繋がれていたため、そこに関しては “そういうものだ” と割り切れる。
しかしながら、顔の浮腫みは、これまでの息子の姿とは打って変わり、術前の面影はまるでない。
この浮腫み方では、術後すぐに「閉胸」できないのも理解できる。
そして何より、一番衝撃を受けたのが「顔色」である。
“顔が真っ白” というと、「顔面蒼白」と言うような、青白い色合いを想像するだろう。
しかし、息子の顔色は、それとはまるで異なる。
“純白” なのである。
「牛乳、雪、ウエディングドレス…」
“これらの色と同じ” と言っても過言ではないほど、正真正銘の “白” であった。
その姿は、本当に「壮絶な闘い」であったことを物語っていた。
そして、息子と医療チームがどれだけ苛烈な闘いをしていたかを、一瞬にして思い知らされたのだった。
家族みんなが、衝撃を受けたのは間違いない。
しかしながら、家族とも “凰理にエールを送ろう” と話していたため、言葉に詰まりながらも、何とか声に出す。
「凰理、よく頑張ったね!」
「凰理は手術を乗り越えたんだよ!」
「先生たちにも感謝だね!」
感情が乗った私たちの声は、自然と大きくなり、静かな空間に響き渡る。
「凰理、大丈夫だよ、落ち着いて」
「ゆっくり深呼吸だよ」
私の父が思いのほか積極的に声を掛けていた。
そのそばで私の母も、涙を浮かべながら見守るが、 “変わり果てた孫の姿” を直視出来ないようだった。
目の前にいる息子に触れることはできない。
「今すぐ抱きしめたい…」という思いを押し殺しながらも、私たちもずっと声を掛け続けた。
「凰理、大丈夫よ!」
「お父さんも、お母さんも、じいじも、ばあばも、おじもみんないるよ!」
「みんなついてるからね!」
時間にして僅か数十秒ほどの対面であったが、家族全員で絶え間なくエールを送り続けた。
そして、医療チームにも挨拶をする。
「ありがとうございました」
「引き続き宜しくお願い致します」
あらゆる想定外が起こりながらも、最善を尽くし、息子の命を繋ぎとめてくれたことは、感謝してもしきれない。
「引き続き、お預かりさせていただきます」
最後に、医療チームからも挨拶をされ、ICUへ入っていく息子を見送った。
想像していた帰還とは、まるで異なる形となってしまった。
しかし、息子は “命懸けの闘い” をし、手術を乗り越えた。
その代償は大きかったが、ECMO装着によって命は繋ぎ止められたことは本当に幸いだった。
闘いはまだ終わらない。
神経がすり減り、心が疲弊する日々も続く。
しかしながら、息子は “生きようとする意志” があり、生命の炎は消えていない。
私たちも息子を信じ、共に闘うと改めて心に誓った。
そして、家族みんなで車に乗り込み、病院を後にした。