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「五月雨式にすみません」を英語でどう書く?


訳例

私が仕事中に出くわした例を1つ挙げます。

Apologies for the piecemeal emails.

これは、海外オフィスの同僚からもらったメールに書かれていた一文。彼女は、ある事柄について私に何度もメールで質問を送ってきたことを申し訳なく思ったようで、これがメールの冒頭に書かれていました。

この文を分解してみます。

Apologies for ~

「~についてすみません、ごめんなさい、失礼します」など、わびる気持ちを表すときによく使う表現です。この場合の「apology」は単数形ではなく、複数形にするのをお忘れなく。謝罪が可算名詞という考え方が面白いですよね。申し訳ない気持ちでいっぱい、というニュアンスを込めて複数形なのだろうか。若干カジュアルな言い回しなので、お客様あてのメールであれば「I apologize for ~」もしくは「My apologies for ~」を使ったほうがより丁寧です。

the piecemeal emails

「piecemeal」は細切れ、断片的、断続的、しかも不定期、という意味で、ネガティブなニュアンスがあります。「piecemeal emails」は、私と同僚の間で発生している「断続的なメールのやり取り」のことを指しており、お互いに認識している事柄のため冠詞の「the」が付いてます。「email」には複数形の「s」が付いていますが、不可算名詞扱いで「s」を付けないパターンも見かけます。どちらでも意味は通じます。

単語の意味通りに和訳すれば

ばらばらとメールを送ってしまいすみません。

ぐらいの文になるでしょう。

でね、私はこれを

五月雨式にすみません。

と訳したくなったのです。全く同じ状況で日本語でのやりとりだったら、こう書く人が少なくないと思ったから。

今回は、日→英ではなく、英→日の順で訳文が浮かんだ例を挙げてみました。

DeepLとChatGPTで訳文比較

和訳

ではこの英文を機械翻訳に通したら「五月雨式にすみません。」と和訳されるのでしょうか。DeepL(無料版)で試してみたところ、結果は以下でした。

「バラバラの」メールで申し訳ない。

間違いとは言いきれませんが、何か言葉足らずな印象を受けませんか?

ChatGPT(無料版)だとこうなりました。

「断片的な」メールで申し訳ありません。

DeepLの回答よりは丁寧な印象を受けるでしょうか。でも私がこの一文を読んだら、「断片的な」のところに引っかかる気がします。文章が途中で終わっているメールが、数回に分けて送られてくるようなイメージが浮かぶ。

指示を変えてみると…

「度々の」ご連絡となり、申し訳ございません。

まあこれで意味は合っているし、使える文ではありますね。

お気づきでしょうか?ここまで、「五月雨式」なんて言葉はどこにも出てきません。「断片的なメール」や「度々のご連絡」から「五月雨式に」という言葉への発想の転換は、機械翻訳にはなかなか難しいのだと思います。

英訳

逆に、「五月雨式にすみません。」を日本語から英語に訳すとどうなると思います?

DeepL(無料版)ではこうなりました。

マヨネーズ?

DeepLはおそらく、「五月雨式」の意味が分かっていないのでしょう。May(5月)つながりなのか、mayhem(混乱、大騒ぎ、パニック)という全く意味の異なる単語が出てきます。その他の候補に至っては「Mayo style」と出ています。「マヨ・スタイル」って何よ?マヨネーズ風ってこと?入力した和文の情報量が少なすぎるのも原因なのでしょうが、なかなか意味不明です。もしかするとDeepLは、この手の慣用句的な表現が苦手なのかもしれません。

ではChatGPTはどうでしょう。

いい線行ってる

おおっ。「五月雨式」の意味を理解しているようで、まともな英文に訳しています。

ちなみにこのあと、ChatGPTに他の英訳候補を5つ挙げてもらい、それぞれのニュアンスの違いを説明するよう指示を出したところ、それなりに納得のいく答えが返ってきました。

日々の生活で「生きたことば」を見つけてストック

結局、冒頭に挙げた「Apologies for the piecemeal emails.」や「五月雨式にすみません。」は、DeepLやChatGPTで瞬時に出てくるような類の訳文ではないことが分かりました。

こういう、現場で使われている生きた言い回しが、機械翻訳だと案外出てこない。

これなんです、これ。なんとなくこのあたりに、「人間だからこそできる翻訳」のヒントが隠れているような気がするんです。

だから私は日々の「ワードハンティング」を欠かしません。同僚とのメールのやりとりで気になった言葉や、小説に出てきた初めて目にする言葉、映画やお芝居で耳にした言葉、などなど、ありとあらゆる場面で、知らないことばを見つけてはメモしています。

その割にはあなたの書いてる文章は深みがないね、と言われてしまうとぐうの音も出ませんが、少なくとも翻訳者を生業とする人間には、こういう地道な努力が欠かせません。実際にこういう言葉探しを実践している翻訳者の方々は、たくさんいらっしゃると思います。

このように、ふとしたきっかけで出くわした言葉が気になって調べ始めたらドツボにハマる、みたいなことを四六時中やっているのが翻訳者です。

それにしても五月雨式ってなかなか優雅な表現だと思いませんか?私は好きだな。

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