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『月は無慈悲な夜の女王』 – 日めくり文庫本【7月】

【7月7日】

 そこで連中はおれに頼んで、なぜマイクが十の百万倍の十億倍もの行政府ドルを与えてしまおうとなどしたのか見つけさせ、マイクが誰かほかのやつにもほんの一万ドルほど多く払ったりする前に修理させようとしたのだ。
 俺はボーナス・プラス・時間料金でそれを引き受けたが、その誤りが論理的にここだと思われる回路部分へ行ったりしなかった。中へ入りドアに鍵をかけると、俺は工具をおいてすわりこんだ。
「やあ、マイク」
 かれはおれに光(ライト)でウインクしてみせた。
「今日は(ハロー)、人間(マン)」
「おまえは何を知っている?」
 かれはためらった。機械はためらったりしない——そんなことはよくわかっている。だが思い出してほしい、マイクは不完全なデータでも作動するように作られているのだ。近ごろ彼は自分でプログラムしなおし、言葉を拡張できるようにした。だからかれのためらいぶりは劇的なものだった。たぶんかれはいい加減な数だけかきまぜ記憶に適合しないか調べるあいだ口ごもったのだろう。
 マイクは詠(うた)うように言いはじめた。
「はじめに神天地を創造(つくり)たまえり。地は定形(かたち)なくむなしくて黒暗淵(やみわだ)の面(おもて)にあり。神の……」
 おれは言った。
「待った! やめろ。全部をゼロに戻してくれ」
 漠然とした質問よりもっとましな尋ね方をするべきだったのだ。かれは大英百科事典をまるまる読んだかもしれない。それを逆さまにでもだ。それから月世界にある書籍全部をしゃべり続けることもできた。以前にはマイクロフィルムだけを読めたのだが、七四年代の終わりごろ、かれは紙をめくる吸引盤碗手(サクション・カップ・ワルドゥ)を備えた新しい走査カメラを得て、すべての物を読むようになったのだ。
「あなたはわたしが何を知っているか尋ねられた」
かれの二進法読み取り光点が前後に走った——笑っているのだ。かれは音声回答回路で笑える。ひどい音でだ。しかしそれは何か本当におかしいこと、いうなれば宇宙的規模の珍事と言ったことのために残しているんだ。
 おれは言いなおした。

「第一章 本物の思索家」より

——ロバート・A・ハインライン『月は無慈悲な夜の女王』(ハヤカワ文庫 SF,2010年)6 – 7ページ


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