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『21世紀のポップ中毒者』 – 日めくり文庫本【9月】

【9月6日】

『インランド・エンパイア』はインダストリアル・ミュージカルだ!

川勝 とにかく、デイヴィッド・リンチは音ですよ。
湯山 音です。アンジェロ・バダラメンティじゃなくて、今回は本人。
菊地 音なんですよ。この人は自分でシンセを触ってると思うんです。
川勝 触ってます。彼が作った音楽も本作で流れてます。
菊地 ですよね。2回目に観たとき、どんだけトラックに音が入っているかどうか、気にして観てたんですよ。『インランド・エンパイア』は、ある種、ミュージカルって言っていいくらい音楽が入ってますよね。
川勝 ベックからペンデレツキまで! リトル・エヴァからニーナ・シモンまで! そういえば、エンディングはどうでしたか? 僕はすごいカタルシスを感じました。
菊地 エンディングの高揚感は素晴らしいですよね。ニーナ・シモンの「シナー・マン」の中にブラック・カルチャーと同時に、ちょっとクレズマー(注:東欧系ユダヤ人=アシュケナジムの民謡をルーツに持つ音楽の一種)も混じっていて、この映画のために作ったような整合性があります。
湯山 この映画には、民謡の持つ怖さや不条理感もベースにありますよね。ハリウッドのニッキーが時空を超えて、ポーランドのロスト・ガールの人生を救済するんだけど、ニッキー自身に救いはなくて破滅が待っているという「本当は恐ろしいグリム童話」的な感じとか、映画内映画の『暗い明日の空の上で』が、ジプシー民話を基にしたポーランドの未完の映画『47』のリメイクという前ふりもあるしね。実際、ポーランドのヨーロッパでのイメージは東北地方の岩手県というからね。オシラサマとか柳田國男の世界。
菊地 あのフィナーレ感はハリウッド映画の王道というか、『オール・ザット・ジャズ』(79)にも似た、人生の大団円なシーンですよね。
川勝 なるほど。『インランド・エンパイア』はミュージカルである! と考えれば、ストーリーを気にしなくても済む(笑)。これは素晴らしい攻略法です。
菊地 (笑)しかも、音楽が鳴っていない間は、ずーっとノイズが入っているんです。
川勝 どこか汽笛にも似たノイズがウサギ人間たちの部屋でも、娼婦たちがダベっている50年代風の小さな一軒家でも流れますよね。
菊地 あれはサウンドエフェクツではなくて、リンチの原風景で鳴っている音の再現だと思うんですよ。

——川勝正幸『21世紀のポップ中毒者』(河出文庫,2013年)173 – 174ページ


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