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『ポップ中毒者の手記(約10年分)』 – 日めくり文庫本【6月】

【6月11日】

 ダウン・トゥ・アースなロックが紆余曲折を経て、サンバのリズムを取り込み、悪魔的ビートを獲得する。その1年後、「オルタモントの悲劇」のテーマ・ソングへ。そして、60年代のユース・カルチャーの盛り上がりに幕を引くレクイエムとなる。いい意味でも悪い意味でも大きな作品の誕生にゴダールは偶然に近い形で立ち会った。運も才能のうち。いや、才能が運を呼ぶのだ。
「1968 JUNE 11 ローリング・ストーンズのオリンピック・スタジオで、『ワン・プラス・ワン』のためにオールナイトのセッションを撮影しているあいだ、午前4時15分にスタジオが火事になる。ストーンズ、マリアンヌ・フェイスフル、ゴダールと撮影スタッフは、ビルから脱出しなければならなかった」
 一緒にコーラスをしているけれど、1年3カ月前にアニタ・バレンバーグは、ブラインアン・ジョーンズからキース・リチャーズへ乗り換えた女だ。そして、突然の火事。おまけにその日、ブライアンは麻薬問題で裁判所へ出廷している。
 ドキュメンタリーをドラマチックに出来る要素はいくらでもあったが、ゴダールは延々と繰り返される演奏を淡々と撮る。MTVのようにカットを割らず、カメラは彼らの周りをゆっくりと回るだけ。故意か? 偶然か? ブライアンはほとんど背中だけしか映らない。しかし、微妙な均衡の上に成り立っていたストーンズの人間関係をこれほど雄弁に語る映像が他にあっただろうか?
「私がつくった版では、映画はクレーンが大きくパンするところで終わります。そして、そこには鷗の泣き声とか波の音とか、海岸で聞こえるような音しか入りません。ローリング・ストーンズの音楽は入っていないのです」(ゴダール)
 ロンドンの貧乏人のガキがアメリカのR&Bに憧れて、真似をしようとして真似出来ず、オリジナルなサウンドを作り上げたのが、ストーンズである。
 ブラック・パワーの演説、有名人を多数登場させたポルノ(?)の朗読、ゴダールの恋人アンヌ・ヴィアゼムスキーへの質問……とゴダールが『悪魔の憐れむ歌』のメイキングにぶつけた音と映像は、ストーンズという白人R&Bバンドの存在や『悪魔の憐れむ歌』の歌詞と微妙にリンクしたり、ズラされていたりしている。

「1996 ジャン=リュック・ゴダール+ローリンズ・ストーンズ『ワン・プラス・ワン』 「未来の音楽映画」、または「ストーンズ史上最高のプロモーション・フィルム」」より

——川勝正幸『ポップ中毒者の手記(約10年分)』(河出文庫,2013年)141 – 143ページ


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