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『ロビンソン・クルーソー』 – 日めくり文庫本【4月】

【4月25日】

 そのあと父は、たいそう愛情のこもった態度で懇々とわたしに、若気のあやまちは犯さないでくれと説いた。みずから不幸に飛びこんではいけない。それは自然にも、おまえが生まれついた身分にも、逆らっているように思える。おまえはパンを得るために汲々(きゅうきゅう)としなくてもいいのだ。おまえのことはこの父がきちんとしてやる。さっきからおまえに勧めている暮らしをちゃんと始められるように骨を折ってやる。それでもさほど安らかで幸せでないとしたら、それはもうまったくおまえの運命か、おまえ自身のせいであって、自分にはもはやどうしようもない。おまえが不幸になるとわかっていることはしないよう、こうして諭して義務は果たしているのだから、要するに、おまえがこの父の言いつけどおり家にいついてくれるのであれば、いろいろと心を尽くしてやるつもりでいるが、出ていくというのであれば、おまえの不幸に手を貸すことになるから、励ましすらあたえないぞ。
 父はそう言って、最後に兄を引き合いに出した。おまえの兄にも同じように懇々と、ネーデルランドでの戦争へは行くなと諭したのに、あいつは聞き入れず、若者らしい望みに駆られて軍にはいり、死んでしまった。自分はこれからもおまえのために祈るのをやめたりしないが、それでもあえて言っておく。おまえがその愚かな道へもし本当に踏み出したら、神はおまえを祝福なさらないはずだから、おまえは将来きっと、この父の忠告に耳を貸さなかったのを悔やむことになる。けれどもそのときにはもう、助けてくれる人は誰もいないかもしれないぞ。
 父のこの最後の言葉はなんとも予言的だったが、父自身はまさかこれが現実になるとは思っていなかったと思う。見ていると、その顔を涙がぽろぽろと伝い落ちた。戦死した兄のことを語ったときにはひとしおで、おまえはいつか後悔する、助けてくれる人はいないぞと語ったあとはもう、動揺のあまり口がきけなくなってしまい、これ以上は胸がいっぱいでむりだと、話をうち切った。

「1 家を飛び出す」より

——ダニエル・デフォー『ロビンソン・クルーソー』(新潮文庫,2019年)18 – 19ページ


明治四十四年に富田文陽堂から刊行された『漂流物語ロビンソン・クルーソー』には、森鴎外が序文を添えています。
大逆事件の一つである幸徳事件による閉塞感がただよう時世のなか、口角泡を飛ばす鼎談形式のその序文で、客役の男には親不孝で「怪しからん本」と言わせていますが、結末は言いたいことも言えない当時のアイロニーが効いてます。

/三郎左


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