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2021年春 / コロナ禍の大阪を往く


 最近、過去ばかり振り返る癖があるので、今回は直近の行動記録を。

 昨日4月1日(木)、大阪から東京に帰ってきた。所用で訪れたもので、数日ビジネスホテルに宿泊。梅田、船場、天王寺、堺などの街を歩く機会があった。

 コロナ第4波に入ったのでは、と言われる大阪である。4月5日からは、「まん延防止等重点措置」が適用されることになった。

 個人的には、緊張が大きく緩んでいるという印象はなかった。また、ここ1年、大阪を見ていたわけではないので、コロナ前との比較はできないし、たった数日の滞在だったので断定的なことは言えない。が、全体的には、東京と比べて大差はないと感じた。中心地の人出の様子は大きな違いはなく、飲食店では、ほとんどが感染防止対策を施してあった。

 夕方、梅田に食事に出たが、昔や7年前の訪問時に比べ、明らかに賑わい感は薄れていた。「昔」というのは30年前のことである。当方は、仕事の関係で20代後半の約5年を大阪で過ごした。もっとも住まいは奈良で、近鉄で通勤していたのである。幼少期の3年は、父の転勤に伴い堺市で過ごした。また、自分が転勤して、滋賀に2年余り住んだこともある。

 このように、関西は、通算で11年間を過ごした愛着のある土地であり、東京に定住するようになってからも、ときどき短期旅行に出かけたりするのである。7年前の大阪旅行が一番近い訪問である。

 人出の話に戻る。船場、淀屋橋、北浜、本町などビジネス街も、密の程度は東京と同じという印象。夕刻、淀屋橋でレストランに入ったが、客は当方含めて2組。大阪だけでなく、近県にも支店を構える老舗の同店も、昨年は店舗閉鎖の憂き目にあったとのこと。客が少ないせいか、メニューを細かく説明してくれたりと丁寧なサービス。道修町から堺筋本町あたりで、喫茶店やカフェ数軒を利用。マスター数人との会話では、売上や店舗展開など経営について危機感が垣間見えた。ほとんどの店は、客は少なく寂しい雰囲気。

 堺は、南海堺東駅からだだっ広い街が拡がる。街往く人々は駅から離れれば離れるほど少なくなる。30年ぶりの訪問で、ほとんど未知と言っていい場所なので、時間的に比べることはできないが、東京・神奈川郊外の都市と似た光景、人影は薄いと感じた。

 人出が多いと思ったのは天王寺。特に、阪堺電車の駅周辺が多かった。ランチ利用したカフェは、飛沫防止対策を実施していたものの、喫煙者同士のマスクを外しての会話は、まあまあ盛り上がっていた。ただ、大声を出しているわけではなかったので、気にはならなかった。大阪の「昔」の雰囲気が保たれていて、安心感をおぼえた。

 今回、なんばや通天閣界隈はスルーした。串かつ店などは苦戦が続くだろう。伊丹空港で「串かつせんべい」という菓子を見つけ購入、帰途についた。

 感染拡大でピンチの大阪を、しばらく東京から見守りたい。