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浅間台誘拐事件~黒澤明『天国と地獄』(1963)
年末年始は、時間があるせいか過去を振り返ってしまうのがいけない。
録画しておいた黒澤明『天国と地獄』は、1963年公開の名作。論評おびただしく、今さら素人の私が内容を云々する資格はない。
このモノクロ映画、数年に一度は見ている。別にそれを自分に課しているからではなく、高名な監督の作品で、かつ面白いから、しばしば放映されるわけで、自分がそれに便乗しているに過ぎない。
過去の振り返りという点からは、制作年代が、舞台となった横浜の地区に自分が幼少期を過ごした時期と重なるということがある。
映像は大人の世界を描いており、子供だった私の体験とはだいぶ異なる。しかし、街を流れる川とその両岸のスラムのような風景、多くの米兵の姿は幼い私が目にしたものである。
ロケ地は少し離れるが、湘南の映像も印象的である。特に、凄惨な殺人現場から見たきらめく江ノ島が美しい。監督はなぜ、こんなに哀しいくらい綺麗な絵を残したのか。
私がこの映画を度々見るのは、病院のシーンがあるからだろう。重要な場面として劇中登場する病院が、当時の私の入院先にそっくりだからである。私は、小学校入学直前に突然発病、長期入院を強いられたのだ。
最後に、本作品の根幹をなす誘拐事件だが、この時代背景には、階級格差に対する怒りや批判が色濃い。しかし、被害者のブルジョワと位置づけられる会社重役(三船敏郎さん)は、職人からの叩き上げの人物として好意的に描かれており、背景描写を深みのあるものにしている。
横浜は変わってしまったことは承知している。それでも、久しぶりに懐かしの地を訪れてみようかと思い始めている。