【ココロコラム】一つのいやなことに引きずられすぎていませんか?
全体としてはまずまず順調に行っているのに、たった一回の失敗、少数のいやな人、ごく一部の面倒なイベント、そういうものに心を奪われすぎて、暗い思いで過ごしている人が結構いるように思えます。
精神医学的にはこれを【選択的抽出】といいます。わざわざ、物事の悪いことを引っ張り出して、そこを中心に見てしまうという意味です。【選択的抽出】を行うと何が起こるか。透明な水にインクを一滴たらすと、全体がにじんでしまいます。精神でも同じことをしている人がたくさんいます。一つのいやなことで、全体がいやなものに感じられてしまうのです。
これは考えてみれば非常にもったいないことです。にもかかわらず、この落とし穴にはまっている人は非常に多い。特に、少し心が疲れ気味の時に、このメカニズムが働きがちなことは知っておきましょう。
日頃の疲労がたまっていて、本来ならストレスを解消すべき時に限って、なぜか【選択的抽出】をしてしまい、「ここがまだダメだ・・」とか「あの人はどうも苦手・・」「来週のイベント、どうしよう・・」などと考えがちです。その結果、ますます心が疲弊していくことになりかねません。
これを防ぐためには、いやなことが頭をよぎったら、必ずいいことや明るいことも考えて、考えを中和することを、日頃から意識しておく必要があります。「ここがまだダメだ・・」だったら「とりあえず、ここまではできている」。「あの人はどうも苦手・・」だったら「他の人とはうまくやれているし、全員とうまくやる必要はない」。「来週のイベント、どうしよう」だったら、過去のうまくいったイベントのことを考えてみる。このような考え方を、ぜひ習慣にしましょう。
人間は、気分が楽なときは、自分や物事のよい側面を中心に考えています。そのパワーで、多少困難があっても「まあ、いいか」と、前に進む力が得られます。いやなこともあるでしょうが、それは単発で処理して、全体としてはよいところ中心に考えています。よいところの【選択的抽出】をしているわけです。
ところが、気分が悪くなると、とたんに悪い側面ばかりを【選択的抽出】してしまう。一つでも気になることがあると、それに引きずり込まれて、全体的に気分を落ち込ませてしまう人がたくさんいます。本来は、悪いことはその場限りでさらっと忘れるべきなのですが、なかなかできないのが現実です。残念なことです。
当たり前ですが、人間は悪いところより、よいところの方がはるかに多くあります。今、どんなに落ち込んでいる人でも、必ずそうです。これも、ぜひ意識しておきたいポイントです。「自分には何のとりえもない」とか「もうおしまいだ」という人でも、実は、意識に上がってこないだけで、よい点、よいところのほうが多いのです。
「そんなはずがない」と思っている人は、今は無理をしないでいいですから、少し気分が回復した時に、自分のよいところをたくさん考えておきましょう。それが、気分が悪くなったとき、早く立ち直るのに非常に有効な武器になります。
日頃から自分や周囲のよいところに着目していれば、暗いことが脳裏をよぎった時、すかさず肯定的なことを考えられます。その結果、悪いことだけを【選択的抽出】せずにすみます。これを習慣にすると、ずっと気分がよくなるはずです。
(精神科医・西村鋭介)