畳屋さんの早とちり【ゴミ屋敷からのSOS】#10

絨毯までもが朽ち果てた実家では、父の退院に向けて着々と準備が進んでいた。退院予定は、2週間後。なんとなくのハウスクリーニングを終えて、今度は畳の張替えをすることにした。



この時点で、退院まで残すところ数日の予定だった。だから、わたしは片っ端から電話を掛けて、最短で畳の張替えをしてくれるお店を選んだ。

幸いだったのは、電話を掛けた畳屋さんが親切だったこと。
──「父の退院までに畳を張り替えたい」
そう事情を伝えると、できる限りの日程調整をしてくれた。それで、見積もりと同時に畳を撤去して、後日新調した畳を入れてもらうことになった。

そして、いよいよ見積もりの日。ずっと絨毯が敷かれていたので、実家に畳があることすら知らなかったわたしは、ちょっとワクワクしていた。手持無沙汰をごまかすために部屋の片づけをする。
すると、電話が鳴った。
父が入院している病院からの着信だった。

退院の日程か?

電話を取ると、主治医の先生だった。重々しい口調で、言葉を選びながら、検査の結果を伝えてくれた。つまるところ、余命3カ月ということだった。

コロナ禍で面会はできないことになっていたから、こういった告知も電話でのやりとりとなった。覚悟も何もできていなかった。泣きながら話を聞いて、泣きながら電話を切った。その時のことはあまり覚えていないけれど、とにかく退院が延びることだけは確定した。


畳を新調するワクワクは砂の城のように、一瞬で崩れ去った。

わたしは床と一体化するように、へにゃへにゃと座り込んだ。そこに、来客を知らせるインターホンが鳴った。ピン…ポン…。

実家のインターホンはインターホンと呼べるような代物ではない。
これ、押していいのかな?と来訪者を迷わせるような形状のボタンを押すと、命を振り絞るように「ピン…ポン…」と鳴るのだ。
聞き逃すまいと、こちらも必至だ。

それはさておき、扉を開けると活発とか活力とか太陽燦々とか…そんなポジティブな言葉を具現化したかのような男性が立っていった。仕事で鍛え上げられたであろう引き締まった体。お腹の底から繰り出される「こんちは!」というハリのある声を聞いて、畳の見積もりに来てもらったことを思い出した。


畳は入居当初から同じものが使われていて、相当傷んでいるらしい。表替えではなく、新調することをお薦めされた。もちろん、そのつもりだ。
しかし、四畳半と狭いうえに、元々の畳に合わせると一番グレードの低いものだそう。やたらと急かすわりに安いお客さんになってしまった。タイトな日程でお願いしていただけに、申し訳ない。

ましてや、今となっては退院まで延びてしまって。


見積もりの話を聞きながら、そんなことを考えていたら涙があふれてきた。初めて会う人の前でこんなに泣いたことは、40余年の歴史の中で初めてだった。畳屋さんもさぞかし困惑しただろう。

しかし、涙が止まらないわたしに、『え、まさかお父さん死んじゃったの?!』と畳屋さん。

──「父の退院までに畳を張り替えたい」
そう事情を伝えてあったので、無理もない。「いやいやいやいや、死んでない!」と訂正しながら、「初めて会う人にそんなこと言うかね!」と心の中で突っ込みを入れる。

しかし次の瞬間、もう涙は消えていた。あまりにも早とちりな畳屋さんの言葉に思わず笑ってしまった。畳屋さんに、今日は救われた。


つづく。


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