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母がいた-30

今日、父と一緒に「ポトフ」という映画を観た。トラン・アン・ユン監督のフランス映画。19世紀のフランス、美食研究家のドダンと腕の良い料理人ウージェニーのお話。とても詩的で、それでも情熱的な映画で良かった。

作中で大切な役割を持つポトフだが、僕はポトフが結構好きだ。あっさりとしつつうまみの濃いスープと、大き目で柔らかな味の具材たち。油の多い料理や風味の強いものが苦手な僕にとって実家のような安心感を得られる料理。

母はポトフを作るのがうまかった。どうしてあんなに美味しくなるのか、今でもわからないくらい上手で、僕はポトフの日には小躍りして喜んでいたりした。我が家のポトフはベーコンとウインナーの最強タッグをこれでもかというくらい入れていて、お肉と野菜のうまみがどちらも濃かったというのもある気がする。

そういえば我が家では食事を注ぎ分ける際に、母がよそったお皿を母が指定した人のところへ運ぶシステムだった。これはおとうさんの、これはだいすけの、といった風に。当時はというか物心ついてからずっとそうだったので違和感を持つことはなかったけれど、今思い返すとあれは母の食べたいものを母の皿に多くよそうためのシステムだった。「おかあさんのね」と言われる皿はカレーにもお肉がゴロゴロ入っていたし、豚汁はしいたけがたくさん、ポトフにはベーコンとウインナー、ブロッコリーがこんもりとよそわれていた。母の好物ばかりだ。恐るべし母の食欲。食べたいものを食べたいだけ食べるために、配膳システムそのものを掌握していた。

まあ作ってくれるのはいつも母だったので、特に文句もなければむしろ好きなだけ食べてくれという感じだったのだが、母の食い意地を思うといつもすこし笑えて楽しい気分になる。

話がそれたな。そんな母のポトフには、食べる直前に粉チーズと黒胡椒を各々すきなだけかけて食べていた。僕は粉チーズたっぷりに、黒胡椒ほどほど。母はチーズも黒胡椒も大量に入れていて、時には少しバターまで入れていたっけ。あれ今食うとうまそうだな。今度やってみよう。

母のポトフに入っていたベーコンは大きな角切りで、下処理が良いのかそもそも肉の質が良いのか、とても柔らかく煮こまれたとてもおいしいベーコンだった。大人になって何度もポトフを作っているけれど、いまだにあのやわらかいベーコンの作り方が分からない。ほろほろと崩れて肉のうまみと脂身がまんべんなく舌に広がるあのバランスはまさに黄金比だった。姉なら知っているだろうか。聞いてみたいな。

ウインナーも、適当に作ると旨味がスープに抜けすぎてなんだかもったりとした味になるけれど、母のポトフのウインナーはパリッとしていて、噛めばしっかり味がした。

もちろん主役の野菜たちにはお肉の旨味がしみ込んで、人参もジャガイモも、ブロッコリーやキノコも噛めば噛むほど甘くておいしかった。僕は母の料理の才能を小さじ1杯ほど受け継いでいると自負しているけれど、あの絶妙な味付けと煮込み加減に到達できる気がしない。何が違うんだろうか。

スープは野菜とお肉の旨味や脂が均等に溶け込んだ、透き通った黄金色のスープだった。塩辛すぎず、でも薄すぎない絶妙な塩梅のスープ。そこに少し焦がしたバゲットを浸して、ブロッコリーでものせて一口食べたら頬を緩めずにはいられない。

なんだかポトフの味感想大会みたいな文章になってしまったが、当初言いたかったのはそこではなく、母の料理スタイルについてだった。これまで書いてきた内容を読むとさぞ丁寧に鍋の前に立ちタイミングを計りながら料理していたように思われるかもしれないが、そんなことはなかった。なんなら母は軽めのキッチンドランカーだったくらいだ。毎日ではなかったけれど、たまに料理を味見しながらそれを肴に一杯飲んでいたのを僕は知っている。

揚げ物ならまだキッチンにとどまっていたが、焼き物や煮物なんかはテレビを見ながら軽くうたた寝をしたり、気が向いたときに鍋の蓋をぱかりと開けて、蓋を戻してまたテレビを見に行ったりするくらいざっくばらんな料理をしていた。それであれだけうまいのだ。チートかなんかだろもう。

以前読んだコラムか何かに、「料理が上手な人はあまり台所にとどまらなかったりする」という話があったが、あれは本当かもしれない。家をうろうろしながら料理ができる人こそがうまうま料理人の素質を持っているのかもしれない。適当に超美味しい。うらやましいなそれ。俺もそれになりたい。

そんな母のつくるポトフを、映画を観ながら思い出した。いつかあの味に近づいたり、到達したりした時には墓前に手を合わせてしっかり報告しようと思う。なんだか本当にただ母のポトフがおいしかったという話になってしまった。まあいいか。今夜はポトフを作ろうか。

適当にポトフを作り
好きなだけ食べ
それでもなお家族を魅了する
そんな、母がいた。

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