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ふわっと聴く
おはようございます。今朝も早起きです。そして、朝晩の座禅と読経です。こつこつやっていくと、なにか変化はあるでしょうか、まあ、あるといえばあるし、ないといえばない。強いていえば、より、話をしなくなった。必要なことだけを話す、そうすると、おもしろいことに、まわりがなにか、語りかけてくるのです。そうすると、それを聴く。
で、この歳になってようやく、あいてをあるていど傷つけないで、話を聴くことができるようになりました。きいているあいだは、それは聴いている。感覚でいうと、耳というより、体で聴くといった感じです。で、聴いたあとは、あまり覚えていない。自分でもなかなかなものだと思いますが。よって、ひとの噂話とかにも疎くなります。
そういえばずっと、ひとの話を聴くことに磨きをかけてきて、ようやくなんとなく、たどりついたところというか。老僧思想にいう「恍惚」いわゆる、ぼけですわな、それに近かろうと思いますね。そして、世は持ちつ持たれつ、救うひとはまた救われるひとでもあります。悩み苦しむひと、自分自身も含めてみな、菩薩さんでしょう。そしてもうひとつ、ひとのはなしをきくことを続けていると、なんでしょう、いつしか耳が遠くなりました。ふしぎですね。
今日の一冊は
西村公朝さんについては、まあ、しらべていただくとして。尊い方です。そしてもう一冊、河合先生の本を
ではまた。