蛍石と空っぽ
近況。日記。
蛍石を買った。フローライト。大阪のとある書店で鉱石フェアが行われており、そこで売られていた。
石が売られているコーナーに入り、辺りを見渡す。多くの商品はべらぼうに高価なわけではなく、手頃な価格帯だった。コレクションガチ勢、というよりは、そこそこの一般人向け、といった印象。
まずは、どの鉱石を買うか。かなりの種類、物量で、どれを買うか迷う。小一時間物色して、結局蛍石にした。半分透った青緑色が気に入った。舐めると、きっとソーダ味だろう。爽やかで、来る初夏の味がするだろう。10個くらい並んでいる蛍石の中で、ビビっときた形のものにした。
660円。スタバのフラペチーノくらいの値段だろうか。消える嗜好品を我慢し、消えない嗜好品を手にする。
蛍石をバッグに入れて歩く帰路は、踵が少し上がるような気分だった。まるで、小さな家族がひとつ増えたような。
もうひとつ、ビスマスを持っている。あれは、毒々しい形が良い。生々しく、細胞が蠢くような体躯に、近づき難い魅力を覚えた。
ああ、先住ビスマスと共に、蛍石を飾ろう。ビスマスはケース無しで売られていたから、未だに裸で飾っている。鉱石主失格だという自覚は大いにある。このままでは埃が積もってしまう。いい加減ケースを買ってやらねば。
私は鉱石が好きだ。ありのままの姿で、あるように生きている姿が好きだ。時間に育まれ、運命の向く方に形を拵える在り方が好きだ。
好きだけど、詳しくない。私はなんだってそうだ。
鉱石も、美術も、音楽も。大して知らないが、外面の感じだけを見て、好きだと言っている。それは良くもあり、悪くもある、気がする。
昔は、様々なコンテンツの洞窟を掘り進めることをしていた。それは苦でなく、むしろ楽しいことだった。でも、最近それをやらなくなってしまった。苦になってしまったから。
ある時期を境に、文字が読めなくなった。言語を言語として認識できなくなった。その時期は過ぎたが、後遺症なのか、文字が苦手になってしまった。
小中学生の頃にはよく小説を読んでいたが、すっかり読まなくなった。コンテンツの洞窟は、文字でできている。それを掘削するつるはしは、折れてしまった。文字とは、情報だ。情報の受容が難しい身体になってしまった。
ここ最近、はるか過去に得た文字の宝石をお手玉して、なんとか創作活動を成り立たせていた。でも、頭の中は空っぽだった。広く浅くが過ぎて、手に負えないくらい薄く伸びたゴム膜のようだ。ゴム膜は何も通さない。染みていかない。
広い。浅い。薄い。何も思い浮かばない。自分が酷くつまらない人間のように思える。思えるし、実際そうなのだろう。嫌悪と、諦念と、捨てきれない希望で苦しい。
新たな宝石を見つける旅に出る必要があると実感する。何かしようにも、何もすることが見つからず焦る日々を、変える必要がある。具体的には、小説を読むこと。
面白い人間になりたい、面白い作品を作りたい、と父に言うと、いつでも「小説を読め」と返ってくる。
父はSFの人で、小難しいSFを勧めてくるのだが、私はSFに興味が無いので、現代小説から読んでいこうと思う。
と、決意したのが昨日の夜で、今日早速、文庫本を買ってきた。気の向くままに選んだ3冊。書店で文庫本を探すなんて、昔に戻った気分だった。
が、さっき、1冊目を50ページほど読んだところで、休憩を挟んでしまった。1冊目だけでも全部で300ページあるのに。
やっぱり、一度文字を拒む性質になってしまったから、元に戻るのは一筋縄ではいかない。長い時間をかけて治癒していかなければ。
というわけで、休憩中に書いた殴り書きの文章がこれだ。こんなもの誰が読むんだ、と思うが、インターネットに作品を放流するのはそういうものだ。自分さえ読めば、それで良い。
無性に文章を書きたくなったのだ。文章も、久しく書いてなかった。自分の語彙力が著しく下がっている気がして、もっと言うと頭が悪くなっている気がして、現状確認の意味で筆を執った。
曲を作って、歌って、絵を描いて、アニメーションを作って、ラジオを録って、文章を書いて。
私は何屋さんだ?ちなみに、追加でCGもやりたい。2日ごとにやりたいことが変わる。集中力が無さすぎる。
この、広く浅くの器用貧乏体質においては、損をしたことしかない。
通常、ひとつの分野に100の努力値を振ってプロレベルになるものを、5個ぐらいの分野に20ずつ努力値を振っている。おかげで、どれもお金を得られるほどのクオリティになっていない。馬鹿が。
マルチクリエイターじゃなくて、プロフェッショナルになりたかった。命を捨てることでこの性質が変わるのなら、捨ててしまいたいとさえ思う。
それぐらい切実で、どうしようもない。
こんな面倒臭いことを、自分の横にある蛍石は考えない。私の脳の何分の1かの小ささで、何も考えない。ただそこに居る。私は、無機物のこういうところが好きだ。
考えすぎだ、と蛍石は教えてくれる。私好みの薄荷色。その佇まいからは、何事にも惑わされない知性を感じさせる。期待しすぎて苦しむな、と蛍石は微笑みを湛えている。
文庫本が3冊、机の上で項垂れている。私はかつて、君たちの――本のことが好きだった。
こうして再びページを開くのに、文字情報を、物語を、世界を、頭に入れることに、二の足を踏んでいる自分が嫌いだ。ごめんな。悲しいよな。
蛍石。君の隣で、私も君と同じ石になりたい。