闇落ちした旦那の観察日記[(5)2014年3月末~]

2013年3月末あたりの旦那は夜毎、ぷるぷるしてました。仔鹿ちゃんかウサギちゃんかってぐらいに震えていました。4月に決まったお引越しが不安でならなかったからです。うつが良くなってないのに、ちょっとした刺激がクリティカルヒットになっちゃうかもなのに、住み慣れた巣穴から追い出されるんだから、そりゃそーだよね、怖いよね。

対して、私は現実面を、極めてクールに対処していきました。どこかに部屋を借りなければならない→家賃やら敷金がかかる→私の実家は二世帯住宅になっており現在空きがある→安く住まわせてもらおう。そして、私の親にそういう形で援助してもらう以上、この時が、旦那の実家に現状を告白するタイミングでもありました。旦那が送っていた仕送りも、本当に申し訳ないけれど、ごめんなさいしよう。その結果、当面の課題であった、経済面の心配はほぼなくなりました。がっつり寝込んでいる旦那を尻目に、私は荷物をばんばんダンボールに詰めました。幸い、実家はごく近所でしたから、台車を使って徐々に荷物を移していきました。最後は、家族に手伝ってもらって車も借りて、その日は旦那も頑張って、大きな家具を実家に運びこんでオシマイ。4月から私の家族と二世帯住宅で同居することになったのです。

物事には良い面もあれば悪い面もあります。この選択で良かったのかどうかは、正直わかりません。この辺、思い出すだけでも気持ちがドヨドヨするなー。私的に振り返るのがすごく辛い部分だなー。

実家の皆様は、うつ病というビョーキを理解できていませんでした。なんなら今も。私が大変そうで可哀相だから、受け入れてくれたわけです。なので、ええ。色々ありましたとも。

例えば、実家側は、体調不良の家族として、優しく旦那を迎えてくれました。ところが絶賛放置されたい状態の旦那からすると、親切さえ怖くてならない。加えて当時、姪っ子ちゃんが長期滞在することも多く、オコチャマには珍しくないことですが、ヒッジョーにテンションの高いコで、弱りきっている旦那の神経に刺さりまくり。旦那は常に色々な人を感じるので、そりゃ落ち着けません。せめて自分の城である、新しい巣穴のメンテナンスに必死になりました。でもね、実家の皆様からすると、旦那は真っ暗な部屋でほぼ寝てて、何してるんだかたまにゴソゴソしていて、同じ家にいるのに挨拶もしない。アイツは一体なんなんだ?!。あっちもこっちも不満ゲージが高まっていきました。私は調整を図ったつもりですが力不足、どうしようもなくてねー。そして夏も近くなったある日、ちゅどーん。どかーん的な事件が起こりました。

前述したように、旦那は毎日、うちの店にお昼ご飯を食べに来ていました。その日は、他にお客さんが1組いらして、あと、知り合いのおばあさんがいて。そのおばあさんは、お節介焼きでちょっと圧があるタイプ。旦那が不得手と感じていることは想像できていました。顔を合わせる時は気を配っていたんですけど、その日、やってしまったんですねー。おばあさんが矢継ぎ早に話しかけているのをつい放置してしまったんです。旦那は金魚みたいに口をパクパクしだして、急に店を飛び出していきました。突然のことに、我々もびっくり。私はすぐ追いかけました。幸い、旦那は店から離れて落ち着いたようで、ちょっとパニックになったけどもう大丈夫と言って、フラフラ巣穴に戻っていきました。ほっとして私が店に戻ると、今度は、父がブチ切れていたのです。「恥ずかしい!!」というのが父の気持ちでした。

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