【国立能楽堂開場40周年記念】|「せんだがや夏祭り in 国立能楽堂」レポート
当日は渋谷区千駄ヶ谷にある国立能楽堂、将棋会館(日本将棋連盟)、東京二期会と、近隣の明治神宮野球場をホームグラウンドとする東京ヤクルトスワローズから、素敵なゲストの皆さんが集まりました。
夏休み中ということもあって、会場はたくさんのお客様で大盛況でした。司会進行は、渋谷区観光協会の西祐美子さん。客席の皆さんに“来場のきっかけ”を西さんが聞いてみると、国立能楽堂に初めて来たという方と、来たことがある方が、ほぼ半々でした。
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最初に登場したのは、シテ方宝生流能楽師の武田伊左さん。
能楽について、「まずは自分の興味のある観点からご覧になってみてください。音楽に興味のある方は謡と楽器の演奏、ふだん美術館にいらっしゃる方は装束や面、歴史や文学が好きな方は、能の演目のストーリー、日ごろ忙しくて休む場がないから、ちょっと寝る時間が欲しい……という方には、その時間として活用していただければと思います。心地よくなければ眠くならないはずです。眠くなったら、きっと能楽と自分の気持ちの波長が合っているんだな、とあまり自分を責めないでください」、とユーモアたっぷりのお話に場内から笑いが。場内がすっかり打ち解けた雰囲気になりました。
そして、実演は能「猩々」です(*1)。
「猩々」の終わり近く、猩々が、川のほとりで舞を舞う場面。武田さんが、扇を使い、お酒を汲み、盃にお酒を受けて、後ろ向きに下がって酩酊している様子を見せ、最後は扇で顔を覆い伏せて寝てしまう、というのが一連の動きです。一連の動きを解説しながら見方を説明しました。
ここで、謡の一節「世も尽きじ」を、客席の皆さんと唱和してみました。曲と舞の解説、実際に謡の一節を体験し、はじめて来場した皆さんも、今までよりずっと能楽が身近に感じられたのではないでしょうか。そして、最後に武田さんが謡と舞を披露しました。
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つづいて、女流棋士の室谷由紀さんが登場しました。
JR千駄ケ谷駅前から徒歩数分、鳩森八幡神社近くにあるのが将棋会館です。4、5階ではプロの公式戦が行われる場所としても知られています。国立能楽堂の周辺には、棋士が対局中に注文する“将棋めし”のお店が点在しています。
室谷さんは、「千駄ヶ谷大通り商店街には、人気コミック『3月のライオン』(羽海野チカ作)のキャラクターがデザインされたマンホールがあるので、ぜひ見つけてみてください」と将棋をめぐる色々な楽しみ方を話してくれました。ところで、日本将棋連盟は来年2024年で設立100周年を迎えます。将棋会館は2024年秋に東京体育館の目の前、津田塾大学の近くに移転予定。新しい施設も楽しみです。
そして津田塾大学と言えば、当日の舞台進行のお手伝い、プログラムの編集制作に活躍したのが「津田塾大学梅五輪プロジェクト」の皆さんです。2020年東京オリンピック・パラリンピック開催を機に地域の活性化や日本文化を世界へ発信する活動などを展開しています。
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室谷さんにつづいて、今度は東京二期会より、オペラ歌手の七澤結さん、ピアニストの天日悠記子さんの登場です。最初は、プッチーニ作曲、オペラ『つばめ』より「ドレッタの夢」。能楽堂いっぱいにピアノの調べ、ソプラノの美しい歌声が広がります。
と、先ほど登場した能楽師の武田さんが再び登場し、能舞台の後見座(*2)の位置に座りました。
次の曲はオッフェンバック作曲、オペラ「ホフマン物語」より「オランピアの歌」。登場人物の一人オランピアは、ゼンマイ仕掛けの人形という設定です。
すると、なんと武田さんが、止まってしまった人形のゼンマイを巻き直しました! ピアニストの天日さんが、ラチェットという楽器でゼンマイが巻かれる音を表現します。見事なコラボレーションでした。
演奏後、七澤さんが、「オペラを見たことがある方は?」と会場に声をかけると、次々と手が上がります。「結構いらっしゃいますね。能舞台は響きが良くて、とても心地よく歌わせていただきました。最初の曲は『つばめ』。これは、今日は後ほど、つば九郎さんがご出演ということで、狙ってきました…」というお話に場内から笑い声が。
天日さんは「国立能楽堂でピアノを演奏できる日がくるとは思いませんでした」と話し、七澤さん共々、「ヨーロッパと日本の伝統芸術の重なりで素晴らしい舞台になりました」と感激の面持ちでした。
昨年、創立70周年を迎えた東京二期会は、今秋、東京・上野で「Tokyo Opera Days」を開催予定。七澤さんも出演のオペラ「ドン・カルロ」が上演されるほか、国立能楽堂とのコラボイベントも予定されています。
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休憩後、開演5分前のブザーが鳴り、後半が始まります。後半最初は、国立能楽堂支配人の佐藤和男さん、日本将棋連盟理事で将棋棋士(九段)の森下卓さん、東京二期会マーケティング部の松田善幸さん、から会場の皆さんに御挨拶がありました。
そしていよいよ、今回大注目のゲスト、東京ヤクルトスワローズマスコットキャラクター・つば九郎さんの登場です! 能楽に欠かせない、笛(能管)の音が聞こえ始めると、一瞬、場内が静まります。
揚幕がさっと上がり、つば九郎さんが姿を現すと、「わぁっ」「きゃあ」という大歓声とともに、ひときわ大きな拍手と笑いが沸き起こります。
「橋掛リ」を能舞台へと進む、つば九郎さん。手をかざしながらあちらこちらを眺め、興味津々の様子。と、宝生流第二十代宗家・宝生和英さんの登場です。
「ちょっと、つば九郎。さっきお稽古したときは上手にできてたのに…」と注意する宝生和英さん。「おしえかたが わるい(教え方が悪い)」と返すつば九郎さん。
と、足もとを見れば、つば九郎さんもキリリと白く輝く足袋を履いています! じつはこの白足袋は、国立能楽堂内の売店、小林能装束店さんが今回特注品として制作したもの。実際につば九郎さんの足を型どりして仕立てられた、本格的な仕様です。
そして、なんと今回は特別に、宝生和英さん直々に、能の基本の構エの型を始め、上半身を揺らさないように歩く能楽特有の歩き方(運ビ)を稽古します。さらに、つば九郎さんが使用する扇は、宝生流の扇(*3)に、東京ヤクルトスワローズのロゴマークが入った特注品です。
つづいて、鳥が羽ばたくような動きで、喜びや勇ましさを表現する型の「諸手勇扇」を稽古します。宝生和英さんのわかりやすい解説に、さすがはつば九郎さん、日頃プロ野球選手の皆さんの動きを熟知しているだけに、能楽の型の動きもすぐに掴んで、見事に決まりました。
つば九郎さんの能楽体験稽古のあとは、宝生和英さんが『船弁慶』のクライマックスの(平知盛の亡霊が海上に現れ、源義経一行と対峙、闘う)場面を披露します。鋭い笛の音に、勇壮な舞が繰り広げられました。
つば九郎さんは老松が描かれた鏡板の前に仁王立ち。披露後、宝生和英さんが「背後からの圧が凄かった…」と感想を漏らすと、会場はふたたび笑いと大きな拍手が沸き起こりました。
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そして、本日の前半の出演者の皆さんが再び登場。トークセッションです。普段はそれぞれの分野で活躍される皆さんが、それぞれに感じた今回のイベントへの感想、特に室谷さんや七澤さん、天日さんは、白足袋を履いての舞台への緊張感や印象を話しました。
皆さんそれぞれが、そもそもどんなきっかけで始め、これまで進んできたか、どんなことに魅力を感じているか、大変だったことや、現在の活動への思いなどを語り合いました。それぞれの分野で、普段どのくらい練習、稽古をしているか、その内容や時間の使い方などについてのお話はとても興味深いものでした。
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さらに、ふたたびつば九郎さんと、宝生和英さんが登場。司会の西さんに「今日の稽古体験はいかがでしたか?」と振られると、「じょせいに かこまれ きんちょう(女性に囲まれ緊張)」との回答に、会場は大爆笑。最後は、来場の皆さんとのフォトセッションで締めくくられました。
はじめて国立能楽堂へ来た方も、能楽ファンの方も、いつもと違った雰囲気で大いに盛り上がった「せんだがや夏祭り in 国立能楽堂」。
歴史、文化、芸術、スポーツ……さまざまな分野の団体や活動場所が点在する渋谷区千駄ヶ谷で行なわれた今回のイベントをきっかけに、これまで見たり聞いたりしたことがなかったことに興味を持つきっかけになったのではないでしょうか。当日登場されたゲストの皆さんも、とても楽しんでいた様子が印象的でした。
文・写真=根岸あかね
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