【富士山世界文化遺産登録10周年記念】令和、富士山景(写真・橋向 真)
日本人の富士への思い
解説=神崎宣武(民俗学者)
国土の約7割を山地が占める日本には、どの土地にも“姿形のよい山”があります。古来、人々はそうした山容が優れた山に神が宿ると信じ、御山〈ミヤマ、オヤマ〉と呼び、敬ってきました。富士山は、そうした御山を象徴する存在といえるでしょう。
一方で、噴火を繰り返す富士山を畏れ、遠くから「遥拝〈ようはい〉」してきた。周辺に多くの神社を建てたのはそのためです。そして噴火活動が沈静化した平安時代[794年~1185年]後期以降は、修験者の道場として「登拝」する山へと変化します。富士信仰が大衆化するのは、近世以降。江戸時代[1603年〜1867年]、街道に宿駅制が整い、お伊勢参りをきっかけに庶民の間で旅が流行。「富士詣」と称して物見遊山に出かけるようになりました。日本一の高さを誇る富士山は、東海道や中山道を往来する旅では必ず目に入る。独立峰で美しい円錐形の山容は、歩き疲れた旅人の心を癒やし、精気をもたらしてくれたことでしょう。多くの浮世絵に描かれ、「富士講*」が流行したことも、富士山が日本一の山となった理由のひとつです。
時代とともに富士山に登る目的は移り変わってきましたが、日本一高く美しい富士山に対する崇敬の念、そこに登ることで何らかの力を得られることへの期待は、日本人の心に生き続けているのではないでしょうか。
冬の精進湖畔
富士五湖のひとつである精進湖で冬の早朝に撮影。2013年の世界文化遺産登録を機に富士山を撮り始めたという橋向さんは「富士山が織り成す自然の神秘に魅了されて10年。富士山の神気に突き動かされてきたような気がします」と話す。
朝霧高原からの笠雲
橋向さんの写真に欠かせない要素のひとつが雲。「静謐な富士山に躍動感のある雲が加わると、見たことのない表情が生まれます。目の前の景色に圧倒されて手が震えることもありますが、奇跡の一瞬を逃すわけにはいかない。雲は刻一刻と変化するので、いつも富士山に“もう少し待って!”と語りかけながら撮影しています。僕にとって富士山は“生き物”なんです」
富士本町商店街
新道峠の雲海と天の川
春の富士山に天の川の星が降り注ぐ。「雲海が街の明かりを遮ってくれたおかげで美しい天の川が現れました。これまでの経験と勘と“運”が重なって撮れた奇跡の一枚です。峠で6時間待ったかいがありました(笑)。この感動を写真を通してたくさんの人と分かち合えるのが僕の幸せです」と橋向さん
写真=橋向 真
──富士山が世界遺産となって10年。人気写真家・橋向さんが撮り続けてきた美しき霊峰の姿をぜひ本誌でお楽しみください。ここではご紹介していない写真もご覧になれます。このほか、本誌では司馬遼太郎生誕100年を記念して、歴史学者の磯田道史さんが司馬作品ゆかりのスポットをめぐる特集もお読みになれます。ぜひご一読を!
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*こちらの記事の英語表記は下記リンクよりお読みになれます。
https://note.com/honno_hitotoki/n/n3772df744587
出典:ひととき2023年9月号