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台湾の地で鳥を愛でる 片倉佳史(台湾在住作家)
小説家、エッセイスト、画家、音楽家、研究者、俳優、伝統文化の担い手など、各界でご活躍中の多彩な方々を筆者に迎え「思い出の旅」や「旅の楽しさ・すばらしさ」についてご寄稿いただきます。笑いあり、共感あり、旅好き必読のエッセイ連載です。(ひととき2024年6月号「そして旅へ」より)
台湾は世界に名だたる「鳥の楽園」である。現在、地球上には約1万種の鳥がいるとされる。新種が認定されたり、絶滅が確認されたりするので明確な数字はわからないが、少なくとも9000種はいるという。そのうち、台湾で見られる鳥は700種あまり。つまり、世界の鳥の約14分の1にあたる種が台湾にいる計算となる。
豊かな植生を誇る台湾は、水場も多く、エサとなる果実や虫が豊富だ。あらゆる生き物にとって理想的な環境で、都市部であっても、頻繁に鳥に出会うことができる。筆者も鳥には格別の思い入れを抱いており、毎日のように、賑やか過ぎるほどの歌声を楽しんでいる。
注目したいのは、他の土地では見られない固有種の存在である。台湾には実に32種の固有種がいる。ちなみに日本の固有種は15種。台湾の面積が日本の10分の1程度であることを考えると、その多さは際立っている。
渡り鳥にとっても台湾は重要な位置にある。日本列島や朝鮮半島、そしてシベリアに暮らす鳥たちは冬を迎えると南を目指す。台湾の東側には太平洋が広がっているため、ここは重要な中継地となる。ツバメやカモメなど、台湾にやってくる渡り鳥は300種に近く、サシバやアカハラダカといった猛禽類も多く見られる。また、通過するだけでなく、台湾を越冬地とする鳥もいるため、冬場は多種多様の鳥がこの島に憩うことになる。
台湾で見られる大半の鳥には和名が付いている。台湾を代表する鳥とされ、紙幣にも描かれている「帝雉(和名・みかどきじ)」や、鮮やかな青に赤い嘴が印象的な「藍鵲(同・やまむすめ)」など、趣深い名を持つ鳥もいる。これは野鳥の生態研究が本格化したのが日本統治時代(1895~1945年)だったためで、この時期に発見された鳥は多い。特に帝雉は森林鉄道で知られる阿里山に赴けば、比較的容易に目にできる。紫色に輝くその羽色はなんとも美しく、シャッターを切る手が震えてしまうほどである。
こういった土地柄もあり、野鳥に向けられる関心は高い。バードウォッチングは盛んで、台北市の中心部にある台北植物園では季節を問わず20種近くの鳥が見られ、温泉で知られる烏来や台北北郊の陽明山でも美しい鳥たちに出会える。愛好家が主催するミニトリップや市民向けの生態観察講座も企画され、書店には野鳥観察ガイドや図鑑、児童向けの絵本が並ぶ。鳥をモチーフにした雑貨や文房具なども充実している。
さて、台湾の鳥事情を語る上で欠かせないものがある。それはカラスの存在である。世界中の鳥好きを魅了する台湾だが、どの国でも見かけるあの「黒い鳥」だけは街にいないのだ。
カラス科の仲間はいても、いわゆる「黒いカラス」は高山に限られ、台湾では稀有な存在である。野山や都市部を問わず、エサは豊富にあるので、カラスが多くても不思議ではないのだが、どういうわけか、台湾の街ではその姿を見ない。
カラスがいない野鳥の楽園。なぜ台湾にカラスがいないのか。その理由は解明されておらず、謎に包まれている。
文=片倉佳史
イラストレーション=駿高泰子
片倉佳史(かたくら・よしふみ)
台湾在住作家。武蔵野大学客員教授。1969年生まれ。台湾に残る日本統治時代の遺構や建造物を記録し、古写真や史料の収集、古老への聞き取り調査を進めている。『増補版 台北・歴史建築探訪~日本が遺した建築遺産を歩く』(ウェッジ)、『台湾のトリセツ~地図で読み解く初耳秘話』(昭文社)、『台湾に生きている日本』(祥伝社)など著書多数。
筆者近刊『増補版 台北・歴史建築探訪』
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