除夜ノ鐘ノ音幾ツヲ聞ヒテ|心に響く101の言葉(7)
奈良の古刹・興福寺の前貫首が、仏の教えと深い学識をもとに、古今の名言を選び、自らの書とエッセイでつづった本書『愛蔵版 心に響く101の言葉』(多川俊映 著)よりお届けします。
静かに一年を閉じる
除夜ノ鐘ノ音 幾ツヲ聞ヒテ
後ノ一ツデ オメデタウ
どこで聞いたのか、かつて柳家三亀松が唄ったこんな都々逸を、なぜかはっきりと憶えている。思わせぶりな上の句に、下の句はズッコケ。その落差で、お客の笑いを誘ったのかも知れない。
が、百八つの除夜の鐘が鳴り止めば、なるほど新年なのだ。また、そういう除夜の鐘こそ、本当の撞き方だという。
この前、二十世紀が終わり二十一世紀が始まるという年末、世の中いたるところで、カウント・ダウンが行なわれた。大声で……五・四・三・二・一、ゼロ! 二十一世紀は、ロケットの飛出しよろしく始まって、大騒ぎだった。
もっとも、除夜の鐘も、後の一打で新年だから、ある種のカウント・ダウンとみても、あながち間違いでもあるまい。しかし、それにしても、「除夜ノ鐘ノ音、幾ツヲ聞ヒテ……」は、実にしんみりしている。
初更お歌来る。炉辺に茶を喫して静に年を守る……、除夜の鐘鳴りやみし時、お歌の帰るを送りて門外に出でて見るに、上弦の月は既に没し……。
とは永井荷風、昭和二年末の日記だ(初更は午後七時過ぎ。太字、引用者)。
年中、喧騒の世の中である。年の瀬ぐらいは、かくあるべし。
多川俊映(たがわ・しゅんえい)
1947年、奈良県生まれ。立命館大学文学部心理学専攻卒。2019年までの6期30年、法相宗大本山興福寺の貫首を務めた。現在は寺務老院(責任役員)、帝塚山大学特別客員教授。貫首在任中は世界遺産でもある興福寺の史跡整備を進め、江戸時代に焼失した中金堂の再建に尽力した。また「唯識」の普及に努め、著書に『唯識入門』『俳句で学ぶ唯識 超入門―わが心の構造』(ともに春秋社)や『唯識とはなにか』(角川ソフィア文庫)、『仏像 みる・みられる』(KADOKAWA)などがある。
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