ガウディの裏切り 宮沢 洋(画文家、BUNGA NET編集長)
建築を見る旅の醍醐味は、予想を裏切られることだ。知っていたことの追認になってしまうのは“そこそこの建築”。対して、“名建築”と呼ばれるものは裏切り幅が大きい。
この7月に初めて見た「サグラダ・ファミリア聖堂」の話をしたい。建築について書く仕事をしながら恥ずかしい話だが、バルセロナを訪れたのは今回が初めて。アントニ・ガウディ[1852~1926年]が設計した建築群を見るためだ。
コロナ禍では国内の建築探訪を深めることができたが、さすがに今年に入ると海外建築への欲がうずき始めた。そんな頃、日本で「ガウディとサグラダ・ファミリア展」が開催されると知った。報道を見ると、「いよいよ完成の時期が視野に収まってきたサグラダ・ファミリア」「ガウディ没後100年に当たる2026年竣工を目指す」などと書かれている。
えっ、工事はそんなに進んでいたのか! 「未完」の状態を早く見なければ!
6月13日に東京国立近代美術館で始まったガウディ展を見て、予習万全のつもりでバルセロナへと旅立った。だが、現実のサグラダ・ファミリアは、そんなにわか知識のはるか上をいっていた。
裏切りその1は、有名な「生誕のファサード」。ガウディの生前に工事が始まった最初の地上部分で、ファサードとは「正面」の意味だ。
実は、ガウディはこの聖堂の2代目設計者だ。当初は初代設計者の案をベースに地下礼拝堂の建設を進めたが、1891年に巨額の献金が届くと、聖堂の規模を大きく拡大。1893年、その一部の建設に着手する。それが「生誕のファサード」だ。
筆者は、それが正面玄関なのだと思っていた。展覧会で写真や模型を見ても、複雑すぎてどこが何なのかよくわからない。現地で驚いたのは、それが聖堂の側面(北東側)の壁の一部だということ。出入り口はあるが、祭壇に向き合う正面玄関ではない。なんという自信……。
ガウディは、自分の生きている間に全体が完成しないことを自覚していた。それなのに、後回しでもよさそうな側面の一部を最初につくり始めたのだ。「この先、面白い部分がまだまだ続くよ。だから献金してください」と。
そして、現地での裏切りその2。聖堂をぐるっと回ってみても、有名な3つのファサード(生誕・受難・栄光)のうちの1つ、「栄光のファサード」がない。祭壇と向き合う正面玄関は、まだツルッとした壁なのである。
えっ、2026年に全体完成じゃなかったの? 正式な資料を丁寧に読むと、2026年完成を目指しているのは最も高い「イエス・キリストの塔」だった。
最後の最後に山場をつくるガウディの術中にまんまとはまったわけだ。このインターネット全盛時代にも、全体像を煙に巻いてしまうガウディの高度な戦略。結果的に「未完」は当分味わえるわけだが、いま来てよかった。いや、「だまされに来てよかった」か。だから建築の旅はやめられない。
文=宮沢 洋 イラストレーション=駿高泰子
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