見出し画像

ほっこり|〔新連載〕諸国名産お国言葉採集

【ほっこり】
①のんびりする、ほっとするの意
②うんざりしたり、困り果てたりするさま

 京都の街を散策していると、飲食店やマッサージサロン、リラクゼーションスポットなどの店名に見かけることの多い人気の方言だ。「のんびり、ほっとする」の意味に当たることから「ほっこりした町屋でほっこりする時間」のような、癒しの空間提供をアピールするメッセージにもひと役買っている。

「ほんわか、ほのぼの」などとの語感の類似性と相まって、関西に独占させてはならじと今では全国でおもてなしの方言として活用されている。

 実はこの「ほっこり」、一筋縄ではいかないのである。

 江戸時代に言葉遣いを正す目的で俳人・安原貞室やすはらていしつが編んだ辞書『片言かたこと』によれば「ほっこり」はあたたまる様子を表し、「ほは火成べし」との語源も記されている。元々は温度に対する感覚を表していたが、次第に温かい気持ちにさせたり、気分を和らげたりする精神面の表現へと意味が広がっていったようだ。

 ただ、同時期の小説にはうんざりしたり、困り果てたりする精神的な疲労感に当たる用法も見られることから、肯定的な意味と否定的な意味の両方が混在していたようだ。現在の方言にも両者の意味が残るが特に滋賀ではマイナスの意味で使われることの方が多いという。何ともややこしいのである。

 京都人に「あんたの話を聞くとほっこりするわ」と言われても簡単に喜んではいけない。褒められているのかけなされているのか悩ましいところだ。となると、互いにコミュニケーションを取り合うのも“ほっこり”ということになる。

 ところで、京都を拠点に展開しているコーヒー豆メーカー(キョーワズ珈琲)で販売されている「京都焙煎珈琲 味わいほっこり」。パッケージには、ほっとひと息ついた時に味わってほしいとの推し文句が添えられている。ひと息つくためには何らかの心身の疲れが前提として必要だとすれば、この「ほっこり」にはプラス・マイナス両者の意味がうまく融合されているということかもしれない。旅先の人気スポットを訪れ人混みや渋滞で“ほっこり”しても、宿に戻って温泉につかったり地元の食材を味わったりすることで“ほっこり”できるのである。

 筆者のような関東人がまねて使うには難解な方言だが、これこそ方言の奥深さかもしれない。

京都焙煎珈琲 味わいほっこり 風味のよいブラジル産の豆をベースに、インドネシア産などの豆をブレンド。やや深煎りの焙煎でコクのある味わい(250グラム756円)。オンラインショップのほか、一部直営店で購入できる
1950(昭和25)年、京都創業のコーヒーロースター。写真は「キョーワズ珈琲 北山店」 

文=篠崎晃一
写真=木村和敬
写真提供=キョーワズ珈琲(店内写真)

キョーワズ珈琲 北山店
☎075-706-8880
[所]京都市北区上賀茂岩ヶ垣内町41
[時]10時〜17時30分(喫茶はLO17時)
[休]月・木曜(祝日の場合は翌日)
[HP]https://kyowas.co.jp/

篠崎晃一(しのざき・こういち)
『例解新国語辞典』(三省堂)編修代表。「出身地鑑定 方言チャート」作成指導者。1957年、千葉県生まれ。東京女子大学教授。専門は方言学、社会言語学。著書に『それいけ! 方言探偵団』(平凡社新書)など。

出典:ひととき2024年11月号

▼連載バックナンバーを見る


いいなと思ったら応援しよう!

ほんのひととき
最後までお読みいただきありがとうございます。いただいたサポートは、ウェブマガジン「ほんのひととき」の運営のために大切に使わせていただきます。