「足踏み状態に思えた時間こそ成長のタイミングでした」田中康平(恐竜研究者)|わたしの20代
恐竜の卵の化石をずっと研究し続けてきましたが、思えば私の20代は、卵の中にいるような状態でした。殻の外からは変化していないように見えても、中では着実に成長している。あの頃は、そんなことには全く気づいていませんでしたが。
恐竜に興味を持ったのは、幼い頃に出合った絵本がきっかけです。それを見ながらよく恐竜の絵を描いていました。やがて恐竜を研究する人になりたいと思うようになって、高校卒業後は北海道大学理学部へ進学。当時、日本の大学には恐竜を専門に扱う研究室がなく、近い分野の勉強ができる大学の中から選びました。
転機は大学2年の時。恐竜研究の第一人者である小林快次先生が北大に着任されたんです。「なんてラッキーなんだ!」。私は、研究室の学生でもないのに先生の下に押しかけるようになりました。夢がまだ漠然としていた私に、先生は具体的な目標を与えてくれました。「調べてごらん」とワニ1体の骨を渡された時は、夢中で観察したものです。
大学4年で晴れて小林研究室の一員になりました。卒論のテーマに選んだのが、恐竜の卵化石。実はこれも、小林先生が卒論のヒントとして提示してくれたテーマの中のひとつでした。卵化石はこれまで大量に見つかっているものの、まだ十分に研究がされていない分野だと聞き、「誰もやっていない研究ができるかもしれない」と心が動きました。
実際に研究を始めてみると、「恐竜は子育てをしたのか」「卵を温めたのか」といった恐竜の繁殖行動に関する謎は、骨の化石ではなく卵化石に解明のヒントが秘められていることがわかってきました。いまだに卵化石の研究を続けているのも、限られたパズルのピースから答えを探す謎解きのような楽しさに、すっかり取り憑かれてしまったからです。
25歳の時、カナダのカルガリー大学に留学し、修士課程と博士課程等を合わせ8年ほど在籍しました。高名な卵化石研究者ダーラ・ザレニツキー博士の指導の下で研究する傍ら、カナダやモンゴルでの発掘調査プロジェクトにも参加し、フィールドワークを経験しました。
夢の実現のため自ら望んだ留学でしたが、苦しかった時期もありました。修士課程時代は、毎日朝から晩まで研究室にこもりきりで、自分との闘いのような孤独な日々。なのに論文は一向に書けなくて……。足踏み状態のような時間が、もどかしくさえ感じました。
でも振り返れば、そんな時間が私を成長させてくれたのだと思います。恐竜の生態を推定するため、鳥類やワニなど現生種の繁殖行動を詳しく調べ、文献を読んで自分なりのデータセットを蓄積していったのですが、そのおかげで知識が得られ、卵化石を見た時、どこに重要性があるのかが一目でわかるようになりました。それは今も私の強みになっています。枠にはまらない研究アイデアが次々と生まれたのもこの頃。いまだに当時のアイデアを引っ張り出して調べているほどです。
恐竜の繁殖に関する謎はまだまだ解明されておらず、私の卵化石研究はこれからも続きます。その一方で、ウズベキスタンでの発掘調査プロジェクトを新たに立ち上げました。指導する筑波大学の学生たちも巻き込んで、恐竜の大きな謎を解き明かしていきたいと思っています。
談話構成=後藤友美
出典:ひととき2024年5月号
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