別れの涙、夏への期待──東海道新幹線60周年エピソード【入賞作品】〔PR〕
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「帰りたくない!ずっとこっちにいる!」
春休みも終わる4月の初頭、新大阪駅では多くの親子連れを見かける。
帰りたくないと泣く子供に、また夏に来ればいいよねとなだめる親御さん。この時期の風物詩だ。
新幹線を待つ列でそんな光景を横目に見ながらふと思い出す。そういえば、私も小さい頃は別れ際に泣いていた子供だったな。
学校の長期休暇には祖父母宅に帰省をしていた。すごい速さで移動する乗り物、どっしりと鎮座する富士山、親戚のつどい、無機質なベッドタウンにおける学校生活とは違う非日常だった。
祖父母宅の最寄りである新富士駅のホームで、私は非日常から離れることが惜しくて泣いていた。祖父が言った「夏に来る時まで元気でいてね」という言葉にうなずくだけでさよならのひとつも言えずに改札へと入る。
夏にまた来ればいいからと親に言われ、涙を拭いながら鉄仮面の新幹線に乗り込んだ。こだまは夕闇迫る街を滑るように時速270kmで西へ進む。
日常へ帰る憂鬱の中で、すべてがごちゃまぜになっていくような新幹線の車窓が唯一の癒しだった。遠くの景色はそのままに近くのオブジェクトだけが溶けるように流れる不思議な感覚と、グレーの落ち着いた色合いの車内は眠気を誘うには十分だった。目を覚ませば終点のチャイム。新大阪駅に着く頃には、寂しさよりも夏への期待でいっぱいになっていた。
そんな子供だった私も社会人になり、長年住んだ大阪の街に別れを告げて東へ向かう。
ホームまで親が見送りに来てくれた。またいつでも帰ってきてねと、心配してくれる言葉。あの頃からさよならの速度は時速285kmに変わり、やってくる新幹線も鉄仮面ではなくなった。到着のアナウンス、新幹線のブレーキ音、流れるチャイム、開くドア。夏への期待はそのままに、私の心も体も随分と大きくなって、涙を流さなくなった私は笑顔で告げる。
「行ってくるね!また帰ってくるよ!」
飯岡颯太さん(24歳)
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あなたと新幹線と60年。
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