見出し画像

作家・澤田瞳子さんと、人に寄り添う美しき観音像を訪ねて|[特集]湖北、観音の里へ(滋賀県長浜市)

古く美しい観音像が多く残ることから「観音の里」と称される湖北・長浜。平安時代には仏教文化が栄え、いくつもの寺院が建てられました。一方、姉川合戦や賤ヶ岳しずがたけの戦いの舞台ともなり、激しい戦乱や焼き討ちに見舞われます。寺が廃絶した後、仏像は山を下り、人々が「氏仏うじぼとけ」として守り継いできました。いまも変わらず、神宿る山のふところで大切に祀られている仏像を、歴史小説作家・澤田瞳子とうこさんが訪ねます。(ひととき2024年11月号特集「作家・澤田瞳子さん 湖北、観音の里へ」より)

仏像巡りの前に訪れたい、高月観音の里歴史民俗資料館

 林の間をするすると一直線に上るリフトを降りて、土の道を進むと、標高421メートルの賤ヶ岳の山頂に着いた。眼下には、濃い緑の山々と広大な琵琶湖。水面にはさざ波が立っている。竹生島ちくぶしまは見えるが、対岸はかすんでいて見えない。古代の人々は「淡海あはうみ(近江)」と呼んだ。右手には「鏡湖」といわれる余呉湖が青く輝いている。戦国時代、ここが激戦の場だったとは信じられないほど、静かで穏やかな風景だ。

 琵琶湖の北、湖北地域は、畿内と東海、北陸を結ぶ交通の要衝で、古来、さまざまな文化・物資が行き交った。平安時代に入ると、各集落に神社、寺院が建立され、神像や仏像も盛んに作られた。中でも観音像は、個性も豊かで、広く人々の信心を集め、大切に守られてきた。長浜市高月たかつき町、木之本町きのもとちょうを中心にした地域は、千年の時を経た貴重な観音像に出会える「観音の里」として知られる。

 今回の旅人、作家の澤田瞳子さんは、大学時代、奈良仏教史を専攻、各地の仏像を訪ねてきた。案内をお願いした「高月観音の里歴史民俗資料館」館長の秀平文忠ひでひらふみたださんの大学のゼミの後輩でもある。

旅人・澤田瞳子さん
作家。1977年、京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、同大学院博士前期課程修了。専門は奈良仏教史、正倉院文書の研究。21年『星落ちて、なお』(文藝春秋)で直木賞を受賞。仏像・仏教をテーマにした小説を執筆。最新刊は、平安時代の富士山延暦噴火を描いた『赫夜』(光文社)。
高月観音の里歴史民俗資料館

 秀平さんと長浜の仏像との出会いは、学生時代、この地域の学術調査に参加したことだ。その際、仏像が人々にとってとても身近な存在であることに驚いたという。

「ゲートボールの賞状や写真が飾ってある集落の集会場の奥にお厨子ずしがあって、開けたらビックリ。素晴らしい平安仏がいらしたんです。調査のために横倒しにさせていただいている間、横で地元のおばあちゃんが『ありがたいことでございます』とずーっと手を合わせていました。それまで仏像は、美術工芸品や文化財であり、美術館や博物館で見るものと思っていましたが、土地の方々の暮らしの中にいらっしゃるのだと考えが変わりました」(秀平さん)

館長の秀平文忠さん。東京長浜観音堂の設立・運営に携わるなど、“観音の里”の維持継承に力を注ぐ

「私は京都に暮らしていますが、近年は観光化されて、信心と生活が切り離されていると感じることは多いです」(澤田さん)

 資料館には、集落に伝わる仏像が由来とともに展示されている。奈良、平安、鎌倉、南北朝時代を経て江戸時代に至るまで、この地で大きさも形式もさまざまな仏像が作られてきたことがよくわかる。時代の流れの中で無住寺院や兼務住職となっても、仏像の管理は、集落の世話方や総代が交代で担ってきた。集落の人々は、宗旨に関係なく、門徒であり、氏子であり、世話方となってありがたい仏像を守り伝えてきたのだ。

 湖北の歴史や観音文化が根付いた背景を解説展示する資料館

「『うちの観音さん』を敬うことが、人と人とを結び付け、地域コミュニティーの求心力にもなっているんです。自治意識が高く、仏像の名称も、文化財指定上の宗教法人としての名前とあざなを用いた地元での通称、ふたつの名前で呼ばれます。渡岸寺観音堂の観音様がいらっしゃる場所も法人名は向源寺ですが、地元では渡岸寺という通称(字)です。ふたつの名は地域の人たちの思いの表れといえます」(秀平さん)

 仏は、悟りを開いた「如来」を頂点として、「菩薩」「明王」「天部」の4つのグループに分けられる。観音菩薩は、その名を唱えれば、仏や僧侶、子どもなど33の姿に変化して現れ、苦しみを消し去ってくれる人に寄り添う仏として、庶民に人気が高い。その姿は、修行中の王侯貴族時代の釈迦を写したもので、本来は中性だが、男性的にも女性的にも表現される。観音信仰の広がりとともに、十一面観音や千手観音などが作られるようになった。

仏像は種類によって装身具や印相(手の形)が異なる。例えば十一面観音は頭上に11(あるいは10)面の化仏をいただく。これは、衆生の願いに応じ、仏や菩薩の変化した姿を表したものだ
*月刊「み〜な」Vol.2(長浜み〜な編集室刊)に掲載のイラストを元に、新たに作成しました

 長浜の観音の特長は、表情や指先の形などの決まり事である「儀軌ぎぎ」に基づきつつ、作者の創意工夫が見られるところ。その中で最高傑作とされるのが渡岸寺観音堂(向源寺)の国宝・十一面観音立像である。

旅人=澤田瞳子
文=ペリー荻野
写真=佐々木香輔

──この続きは本誌でお読みになれます。澤田さんが学生時代から心ひかれてきた渡岸寺どうがんじ観音堂(向源寺こうげんじ)の国宝・十一面観音立像をはじめ、“観音の里”で人々に守られてきた観音像たちに会いに行きます。西の比叡山、北の白山信仰の影響を受けながら、高度な仏教文化が根付いた湖北で観音像を訪ねる旅、ぜひお楽しみください。

▼ひととき2024年11月号をお求めの方はこちら

第一章 観音に守られた里
高月観音の里歴史民俗資料館/渡岸寺観音堂(向源寺)
第二章 仏の笑みを守る人々
己高閣・世代閣/石道寺/安念寺/赤後寺(日吉神社)

滋賀県長浜市へのアクセス
東海道新幹線米原駅で北陸本線に乗り換え、高月駅(高月観音の里歴史民俗資料館、渡岸寺観音堂、赤後寺)、木ノ本駅(己高閣・世代閣、石道寺、安念寺、赤後寺)下車。バスもしくはタクシー、レンタサイクル利用 
*「観音の里」の寺社は、各地域の世話人の方がお守りしているため、拝観には事前連絡や予約が必要な場合が多くあります

高月観音の里歴史民俗資料館 
滋賀県長浜市高月町渡岸寺229
高月駅下車徒歩約10分 
☎0749-85-2273
[時]9時~17時(入館は16時30分まで)
[休]火曜、祝日の翌日、12/29~1/4、臨時休館あり
[料]大人(高校生以上)300円、小・中学生150円
仏像めぐりのための情報サイト
びわ湖・長浜 観音の里

https://kitabiwako.jp/kannon
☎0749-85-2273
(高月観音の里歴史民俗資料館内・ 観音コンシェルジュ)

出典=ひととき2024年11月号


最後までお読みいただきありがとうございます。いただいたサポートは、ウェブマガジン「ほんのひととき」の運営のために大切に使わせていただきます。