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大迫力! 頭上を滑空するアフリカハゲコウ(山口県美祢市)|ホンタビ! 文=川内有緒
作家の川内有緒さんが、本に動かされて旅へ出る連載「ホンタビ!」。登場人物を思うのか、著者について考えるのか、それとも誰かに会ったり、何か食べたり、遊んだり? さて、今月はどこに行こう。本を旅する、本で旅する。
2011年、山口県のある動物園から1羽のアフリカハゲコウが行方不明になった。翼を広げると体長2・5メートルにもなる大型の鳥で、名前はキン。動物園関係者は必死に捜索を続けていた。
9日後、キンは約600キロも離れた和歌山県内で保護された。飼育を担当していた大下梓さんは、キンと再会したとき涙をこぼした。
「もう奇跡でした」
通常、動物園がロストした鳥を見つけるのはとても困難だからである。
そもそも、なぜキンは遠くまで飛んでいってしまったのか──。
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脱走? いやいや、これはそんな単純な話ではない。驚くなかれ、なんとその動物園では、 アフリカハゲコウが大空を飛翔する姿を来園者に公開するという前代未聞の展示方法に挑んでいた。つまり、キンは動物園に飼育されながらにして、フリーで空を飛ぶことを許され……いや、全力で応援されてきたのである。
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わたしがその物語を知ったのは『動物翻訳家 心の声をキャッチする、飼育員のリアルストーリー』(片野ゆか著)だった。動物の飼育環境などを工夫することで、動物本来の生き生きとした姿や能力を見せるという行動展示に挑む動物園を紹介するもの。なかでも圧倒されたのが、秋吉台自然動物公園サファリランドを舞台にしたアフリカハゲコウの物語なのである。
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[今月の本]
片野ゆか著
『動物翻訳家──心の声をキャッチする、飼育員のリアルストーリー』(集英社)
動物の姿態を見せる「形態展示」から、動物本来の行動や能力を見せる「行動展示」へと変わりつつある日本の動物園。しかし、動物の行動を理解した施設をつくる裏側には、飼育員をはじめとする人々のたゆみない努力があった─。動物たちの“心の声”に耳を傾け、それを翻訳して人間の世界とつなぐ動物園飼育員たちの知られざる活躍と、苦闘の軌跡に追るノンフィクション!
というわけで、私も山口県の秋吉台にやってきた。だって実際に見たいではないですか。アフリカハゲコウが翼を広げ、颯爽と飛ぶ姿を──。
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さっそく車に乗り込んで、広大な園内をめぐるサファリツアーに出発!
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はじめに訪れたのは、ほのぼのした草食動物ゾーン「エレファント・サンクチュアリ」。おおっ! ゾウやラクダなどが闊歩し、好奇心あふれるシマウマがぞろぞろと目の前まで寄ってくる。動物との距離がとても近い。お次は、クマにチーター、ハイエナ、ライオンなどの猛獣ゾーン。くつろいでいるライオンに近づいてみると、ギロッとこちらを睨み「これ以上近づくな」と言わんばかり。ひゃあ、ごめんなさい!
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動物たちは広い空の下、自由にアクティブに過ごしていた。
最後にたどり着いたのは、アフリカハゲコウの展示場だった。
わ、いたいた! 白と黒の巨大な鳥。寒い日だからか、2羽は長い首をすくめ、眠そうな顔をしてすっくりと立っている。頭に羽毛がなく、目はぎょろりと大きい。そして嘴は長くまっすぐ。ユーモラスで愛らしい見た目である。
「そうなんですよ、かわいいんです」と飼育やトレーニングを担当している大下梓さんはうれしそうに言った。
獣医師としてこの動物園に勤務していた大下さんは、ある日、タンザニアから新しくやってくるハゲコウの世話や訓練を担当することに。訓練の目標は、ハゲコウたちのフリー・フライトをお客さんに公開するというものだ。日本での飼育例が少ないハゲコウを相手に、前例のない挑戦である。
最初に2羽がタンザニアから輸送されてきたとき、大下さんは緊張していた。
「もともと野生なので、すぐには人に心を開いてくれないだろうと予想していたんです。怪我をしているかもという話もありました。でも、ハゲコウは予想を覆す性格の持ち主でした。度胸もあり、餌もすぐに食べて、ホワイトタイガーを目の前にしても動じなかったんです」
そんな2羽の名は、キンとギンに決定。あっという間に動物園ライフになじんだ様子を見て大下さんたちはほっとし、トレーニングを開始した。
ちなみに、通常、動物園で鳥類をケージの外に出し、フリーで見せる場合は、羽切りという処置を行い飛べないようにする。しかし、今回見せたいのは、キンとギンが飛ぶ姿だ。必然的に羽を切らずに、外に放たねばならない。
だがそんなことをして、もしどこかに飛んでいってしまったらどうする?(中略)しかし、佐藤や大下のなかでは、キンとギンなら大丈夫なのではないかという気持ちが日々増していた。
予感は的中し、2羽は展示場の外に出ても飛び去ることはなかった。むしろ園内を楽しそうに歩き回り、あちこちでお客さんを驚かせた。
しかし、餌を獲る必要がないからか、逆にまったく空を飛ばなかった。大下さんたちは、野生で暮らしていた頃のように大空を飛んでほしいと願うようになった。
こうして始まったのが、餌のやり方などを工夫して、園内を飛ばせるというフライト訓練。すると2羽はふわりと翼を広げ、空を飛び始めたのである。
ついには、丘の上を滑空するフライトショーも実現。ショーを見たお客さんたちは、かっこいい! と感激した。
キンとギンはすごいなあ、と誰もが思っていた頃、大事件が起こる。ある日キンが空高く舞い上がり、風に流されるように遠くに飛び去ってしまったのだ。
「キーン!」
聞こえないとわかっていたが、名前を呼ばずにいられなかった。やがて真っ白な雲が、キンの体をスッポリと覆い隠した。
「キンが、ロストしました!」
その後の追跡と保護の顚末は驚きと感動の連続なので、ぜひ本を読んでほしい。大事なことは、あれから10年以上が経過したいまも、キンはケージに閉じ込められることなく、ギンと一緒に空を飛んでいることだ。ロストした後も、大下さんたちは、訓練を続けてきたのだった。
あいにく私が訪れたのはショーのない平日だったが、代わりに訓練中の様子を見せてもらえることになった。
指定された場所に立っていると「じゃあ、呼びますね」と大下さんはピッと軽やかにホイッスルを吹いた。え!どういうこと? まさか飛んでくるの? と思った直後、空の向こうから翼を大きく広げた2羽がぎゅーんと飛んできた。うわあ、本当にきた!
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すれ違いざま、キンの翼の一部が私の腕をかすめた。旋風を起こしながら翼を広げ、ふわりと着地した。なんてダイナミックで美しいんだろう。
そうだ、鳥は自由に空を飛ぶものなのだ。その当たり前の姿が見られることに、惜しみない拍手を送った。
文=川内有緒 写真=荒井孝治
川内有緒(かわうち ありお)
ノンフィクション作家。米国企業、パリの国連機関などに勤務後、フリーの作家に。『バウルを探して』(幻冬舎)、『目の見えない白鳥さんとアートを見に行く』(集英社インターナショナル)など著書多数。
出典:ひととき2023年3月号
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