子孫繁栄・五穀豊穣の願いが込められた郷土玩具が生きる町・鹿児島のおもちゃ神社へ──
郷土玩具は地域を表す
見てにっこり、飾ってほっこり。郷土玩具は、古来、子供の健やかな成長や五穀豊穣を願い、日本各地で作られてきた。土地の神様や伝承を取り入れながら、木や竹、土や紙といった身近な材料を使った素朴な人形や動物のおもちゃは、参詣のお土産や祭りの名物として、多くの人に親しまれてきた。近年は、ユルいフォルムと明るい色彩、愛嬌たっぷりの存在感が、若い人たちの間でも話題となり、コレクターも増えている。
今回の旅人の神崎宣武さんは、20代から日本全国、時に世界を巡り、生活の中で使われる器や食文化などの研究を続ける民俗学者であり、岡山県宇佐八幡神社の宮司でもある。人々の暮らしや信仰心を物語るほのぼのとした郷土玩具を愛するひとりだ。
「郷土玩具には、主に『拝む、飾る、遊ぶ』の3種類あります。1つ目は神様を表すご神体、依り代といわれるもので、信仰につながるもの。2つ目は、達磨や招き猫のような縁起物、3つ目はそうした伝統とは別の遊び道具です。もともとは個人や集落で手作りされてきたものなので、地域ごとに個性があって、とても面白い」
鹿児島の“おもちゃ神社”へ
今回は、郷土色豊かな玩具を求めて九州へ。神崎さんが足を向けたのは、鹿児島県霧島市の鹿児島神宮だ。
地元で「お八幡さぁ(おはっまんさぁ)」と呼ばれる鹿児島神宮は、大隅国の一宮。海幸彦、山幸彦の神話伝承の地とされ、式内社*としても名を残す古い社だ。旧暦1月18日以降、最初の日曜日に行われる神宮最大の祭祀「初午祭」では、布や鈴、造花などできらびやかに飾られた30頭もの「鈴かけ馬(御神馬)」が、踊り連とにぎやかに練り歩き、参道には玩具を扱う屋台も出る。鹿児島神宮には、全国でも類を見ないほど、多くの玩具が今に伝わる。知る人ぞ知る「おもちゃ神社」なのである。
樹齢800年の大きな楠を眺めつつ、たどり着いた境内は日差しが明るく、開放的な雰囲気だ。はるかに臨む桜島が噴火すると、ドンという振動がここまで届くという。朱塗りの柱が鮮やかな本殿は、1756(宝暦6)年、薩摩藩第7代藩主・島津重年が造営した県内最大級の木造建築。拝殿の横にうわさの玩具が並べられていた。
きょろりとした丸い目の「鯛車」、でんでん太鼓のような「ポンパチ(初鼓)」、鳥居の絵柄の「羽子板」、コロンとしたフォルムの鳩笛や魔除けの意味を持つ朱色の土鈴などなど、12種類。どれも手のひらに載るサイズだ。
「みんな愛らしいですね。神社で授与されるものは信仰玩具とも呼ばれ、ただのおもちゃではなく子供の健康を願ったものが多い。旧薩摩藩の人々の心が込められたものですね」(神崎さん)
拝殿の中には、おなかがぷっくりとした大型の「鯛車」があった。サイズはちょうど三輪車くらいで、がっちりした木製。背中やしっぽの色がところどころはげている。もしかして、この車で子供たちが遊んだ跡なのか?
案内してくれた権禰宜の宮内伸広さんによると、この大きな鯛車は1970(昭和45)年の「大阪万博」の際に出品されたもので、祈願のために拝殿を訪れた家族の子供たちには自由に遊んでもらっているという。
「安産祈願、お宮参り、七五三など、小さいお子さんと一緒に祈願される機会は多いので喜ばれています。色を塗り直すという案も出ますが、味わいがなくなる気もして……。悩むところですね(笑)」
信仰玩具に願いを込めて
鹿児島神宮に信仰玩具を納めているのが、江戸時代から続く「工房みやじ」だ。薩摩藩の士族だった先祖が田畑も耕しながら、農閑期の内職として玩具作りをしたのが始まりで、現在は4代目の花見ユリ子さんと娘の森山かおりさんが引き継いでいる。
まず目を引くのが、地元では「ポンパチ」と呼ぶ「初鼓」だ。薄い和紙を貼った太鼓の両脇に糸で大豆をつけ、竹の軸を振るとぽんぽんと音が鳴る。もともと初午祭の鈴かけ馬の飾りで、大きなものは直径50センチもある。そのため、小さなポンパチの絵柄には、馬や「災いが去る」に通じる猿、畜産の繁栄を願う牛が描かれることが多い。
「鹿児島神宮の玩具は材料も地域のものが基本です。ポンパチの場合はうちの竹山から切り出した竹です。糊で貼る和紙は、厚すぎても薄すぎてもよくない。指先の感覚でこれくらいと、蒲生和紙の職人さんに専用のものを漉いてもらっています」(森山さん)
「分業だとある工程の職人さんがいなくなると作れなくなりますが、全工程を家族で引き継いできたから、守られてきたんですね」(神崎さん)
もっとも古い「香筥」は、鹿児島神宮がご祭神として祀る豊玉比売命の輿入れの際の調度がモチーフ。竹ぐしを使って、1枚の板を木の皮1枚でつないだまま箱の形にするため、大変手間がかかる。ふたの縁には姫の王冠のあご紐や愛用の櫛が文様として描かれ、今ではアクセサリー入れやカギ入れに使う家もあるそうだ。
また、鯛車は、兄の海幸彦から借りた釣り針を探しに竜宮城へ来た山幸彦が、針を飲み込んだ魚を助けたという伝説が元になっており、前輪が小さめで魚がお辞儀をした形になっている。みんな深い意味があるのだ。
森山さんは、近くの小学校でポンパチと鯛車を作る体験授業も20年ほど続けている。
「私は祖父母に玩具や絵柄の意味を教わりました。今の子供たちはゲームで物語を覚えますが、それと同じ感覚で、玩具から神話や地域のことを知ってもらえたらうれしいです」(森山さん)
――この続きは、本誌でお読みいただけます。子孫繁栄や五穀豊穣への願いが込められているという郷土玩具。その伝統豊かな福岡で、若者にも人気の郷土玩具セレクトショップや土人形の工房へ訪れます。下記写真は、対馬海峡を背景に堤防の上においた津屋崎人形です。その愛らしい姿に、心ほぐされるひとときをお楽しみください。
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文=ペリー荻野 写真=佐々木実佳
出典:ひととき2022年5月号
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