「鞆の浦リモンチーノ」は、広島県福山市や瀬戸田町のレモンを蒸留酒に漬け込んだリキュールで、栄養士の資格を持つ3人の女性が中心となり、2020(令和2)年から週末や余暇を利用して造っている。鞆の浦の古民家を改装した酒造所で、「ともの」代表の村上百合子さんに話を伺った。
「レモンは自然農法にこだわっています。果皮を使用するので農薬はもちろん不使用。安全安心な食材を口にしてもらいたいし、格段に香りがいいんです。日本人好みに甘さは少し控えめにして、代わりにきび砂糖を加えてコクをアップさせています」
瀬戸内レモンの香りに魅せられていた村上さん。「リモンチェッロ*にすれば、フレッシュな香りをキープできる」と思いつき、当初は自宅で作って、個人的に楽しんでいたが、商品化を勧める周囲の声に押されてスタートしたという。
「保命酒に次ぐ、鞆の浦で生まれた新しいリキュールですね」と水を向けると、村上さんは破顔一笑しつつも「めっそうもない!」と即否定した。保命酒は鞆の浦の特産品として知られる薬味酒で、その起源は江戸時代初期まで遡る。薬効にすぐれていると評判を呼び、大名や豪商が愛飲し、幕府に献上されていたと伝わる。
村上さんが酒造所を鞆の浦に定めたのは、保命酒が生まれた町であり、新しい特産品で地域を盛り上げたいという気持ちからだった。保命酒の老舗・入江豊三郎本店の入江里彩さんは、そんな村上さんの思いを受け止めて、彼女のほうから声をかけ、本店で商品を取り扱うことにした。
「リモンチーノを通じて、福山市からたくさんの人に『福』を届けたい。そんな思いを込めています。私たちはみんな本職を持っているので、休日に集まってワイワイする時間も至福ですね」(村上さん)
彼女が蒔いた「福」の種は福山市内ですでに萌芽している。ベーカリーのTATSUKIぱんや洋菓子店のスウィートカカオでは、鞆の浦リモンチーノを使用した洋菓子を販売。村上さんたちの取り組みを応援したい気持ちと同時に、原材料にこだわった商品への信頼が見てとれた。
「果皮だけでなく、果肉を使ったお酒を開発中です。商品販売と商品を使った料理を出す店も、鞆の浦で計画しています」と村上さん。快進撃は、まだ始まったばかりだ。
文=神田綾子 写真=阿部吉泰
出典:ひととき2024年3月号
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