【国立能楽堂開場40周年記念】|「NOH・見・ナイト in 大手町」レポート
猛暑がつづく東京のビジネス街、大手町。今回の「NOH・見・ナイト in 大手町」は夜間(1回目18時30分~、2回目19時30分~)の開催となりました。
会場の1Fフラット特設ステージの前には、キッチンカーが並び、テーブルと椅子が設えられて、お仕事帰りのビジネスパーソンだけでなく、夏休み中のお子さんたちが浴衣で来場する姿も。お酒やおつまみ、軽食を思い思いに楽しむ皆さんで大盛況の“夏まつり”でした。
さて、「NOH・見・ナイト in 大手町」に登場されたのは、7月27日(木)に開催された「せんだがや夏祭り in 国立能楽堂」にも出演された、シテ方宝生流能楽師の武田伊左さんと、父上の武田孝史さんです。
武田伊左さんは、3歳から武田孝史さんのもとで稽古を始め4歳で初舞台を踏みましたが、小さい頃はその厳しい指導に泣いてしまうこともあったそう。2013年(平成25年)に能「吉野静」で初シテ(初めての主役)を務めてから今年で10年となりますが、現在は国内外での公演のほか、海外公演時に現地でワークショップも開催するなど、多忙な日々を送っています。最近では、6月に宝生流のポーランド・ワルシャワ公演に出演、9月には主宰するデンマークでの能楽普及プロジェクト「NOH+DENMARK」の6回目を開催予定です。
また、今年は武田伊左さんにとって、“大きな挑戦の年”でもあるそうです。
武田伊左さん:能では“披キ”といって、稽古の年次を重ねていく過程で、いわば“登竜門”のような曲がいくつかあります。能の流儀(*1)によって違いがありますが、稽古の進度に則して目標とする曲を“披く”ことで、能楽師としてより高い芸術性を表現できるよう身体的にも大きな挑戦をするため稽古に励むのです。
私は今年、1年のうちに「石橋」(*2)と「乱」(*3)という、数ある能の大曲のうちの2つを披かせていただきます。どちらも父と一緒に務めます。宝生流は女性能楽師が多い方なのですが、男女の能楽師がともに同じ舞台に立つ機会はなかなかありません。大変嬉しく思うとともに、身が引き締まる思いです。
そう話す武田伊左さんを受けて、武田孝史さんが続けます。
武田孝史さん:私が若いころは女性が能を舞うこと自体が稀でした(*4)。女性能楽師が『石橋』や『乱』を舞うのは、今の時代だからこそ実現できると言えるのではないでしょうか。
続いて、能の実演です。特設ステージの前には、お酒を楽しむたくさんのビジネスパーソンがテーブルを囲んでいます。今回、武田伊左さんが選んだ曲は、お酒が重要な要素になっている、能「猩々」(*5)です。能楽堂での通常の能楽公演では、赤頭という長い毛のカツラと赤い色が特徴的な装束で、お酒に酔った様子を表すこの曲専用の赤い面を掛けて上演されます。今回は、曲の一部、舞の部分が袴姿で披露されました。
武田伊左さんが、猩々がお酒をついでいる場面、盃を持つ場面、お酒に酔っている場面、最後は酔って寝込んでしまった場面を、わかりやすく場面ごとに区切って、扇を使い舞の所作を実演しながら解説します。
そして武田伊左さんが朗々とした声で謡い、武田孝史さんが先ほどの場面を通して舞ってくださいました。事前の解説があったので、流れるような舞の動きのなかに、それぞれの場面をすぐに見つけることができました。
さらに、能「放下僧」から仕舞「小歌」が披露されました。「放下僧」は、兄弟が果たす“仇討ち”がテーマの能です。兄弟は当時流行の大道芸の一つ「放下」を謡い舞う僧に扮して素性を隠し、芸能や禅問答にも通じた敵を前に、芸尽くしで油断させて本懐を遂げる、その芸尽くしの場面の一つが仕舞「小歌」です。
祇園、清水、嵯峨野などの地名が散りばめられ、水や風になびく柳の風情を謡って都の春を謳歌する、この作品が書かれた当時流行していた小歌。その舞のなかで車を牽く牛を描写する場面が出てきます。 “車を牽く牛”はどんな風に表現されるのかと思っていましたら、なるほど! 扇で角を表し、絶妙な角度で見事な“車を牽く牛”がそこに立ち現れました。
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国立能楽堂は今年9月で開場40周年を迎えます。9月は1カ月にわたって記念公演が開催されますが、多くの公演でチケットは早くも売切中とのこと。記念公演最終回(9月30日[土])は、武田孝史さんがシテを務める能「望月」。こちらも“仇討ち”がテーマの名曲の一つとして知られています。
今後も来年2024年3月まで「開場40周年記念」を冠した催しが続きますので、10月以降の公演もぜひご注目ください。
また、12月3日(日)には、東京・渋谷のセルリアンタワー能楽堂にて、今年古希を迎える武田孝史さんのお祝いの舞台でもある公演で、武田孝史さん、伊左さん父娘での「石橋 連獅子」が予定されています。
「私がかつて父と披かせていただいたこの曲を、女性能楽師となった娘と一緒に舞うことになるとは、感無量です。自分が若い頃には考えもしなかった企画で、娘とともにさせていただけるとは夢にも思いませんでした。女性能楽師も活躍する時代になったのだと感じています」と武田孝史さん。
華やかな装束も魅力の一曲、興味を持たれた方はご覧になってはいかがでしょうか。
およそ700年の歴史がつづく能楽。能楽は、観る楽しみだけでなく、体験する楽しみ、謡を謡う楽しみもあります。武田孝史さん、武田伊左さんは一般の方にも教えていますが、小さなお子さんから90代の方まで、それぞれの目標や楽しみ方で稽古をつづけていると伺いました。老若男女、幅広い層の方々が静かに熱く注目しています。皆さんも、能楽の世界を体験してみませんか。
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プロフィール写真提供=武田孝史・武田伊左
文・写真=根岸あかね
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