新幹線に乗ると気付く、親の愛情──東海道新幹線60周年エピソード【大賞作品】〔PR〕
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私の父は、頑固で気難しい人でした。
私の言葉遣いや振る舞いの一つ一つに、いちいちケチをつけてくる父を鬱陶しく感じ、私は地元を離れ、東京の大学に進学することを決意したのです。
上京する日、父は豊橋駅まで車で送ってくれました。新幹線には今まで何度も乗っており、何番線のホームに降りればよいか、自由席は何号車か分かっていました。それにもかかわらず、今日はわざわざ入場券を買ってホームまで見送ると言うのです。
父はせっかちで、駅にはだいぶ早く到着しました。予定よりも1本早い新幹線に乗れるほどでした。けれども、予定通りの新幹線に乗れと言い、私と父はホームのベンチに隣り合って座りました。下宿先に着いたら電話すること、早めに住民票の手続きをすること、身体には気をつけること、昨日もその前にも言ったことを一通り言い終えると、おれが先に並んでおくから後から来いと言って立ち上がりました。
新幹線の到着を知らせるアナウンスがあり、父のもとに向かいました。プシューッと扉が開き、いざ乗り込もうとしたときです。「新幹線でアイスでも買え。」と、ポケットから出した一万円札を手渡してきました。いや、こんなにいらないよ、と言い返す前に「いいから持って行け!」と握らされ、早く乗るようせかされました。
自由席でしたがそれほど混んでおらず、荷物を棚に上げて座りました。席からは父がまだホームにいるのが見えました。そして、新幹線が動き出したとき、父も同時に動き出し、新幹線の中にいる私に向かって必死に話しかけてきました。何と言っているかはすぐに分かりました。「元気でやれよ!頑張れよ!」
他人に見られたら恥ずかしいという思いが先に立ち、私は表情を変えませんでした。数秒後、父の姿は見えなくなり、これでようやく離れられるとほっとしました。
幼い頃から、母の実家がある横浜に行くときは、新幹線でアイスクリームを買ってもらうのが楽しみでした。父からもらった1万円札はお財布にしまって自分の小銭でアイスを買い、カチカチのアイスが少しとけるのを待ちました。そして、富士山を横目にアイスを一口食べたときでした。まぶたがカッと熱くなり、涙があふれてきたのです。
あれだけ離れたかったのに、あれだけ鬱陶しかったのに、ついさっきまでほっとしていたはずだったのに、なぜか涙が止まらなくなったのです。
あの日から20年以上経ちました。その間に東京と豊橋を新幹線で何度も往復しました。そして、あのとき見送ってくれた父は、去年息を引き取りました。最後に病室で会ったときも、あの日と同じように一万円を握らされました。
親の愛情は、いつも新幹線に乗ると気付くのです。
長崎純花さん(43歳)
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