誰かといる耐性

私は、同じ空間に「誰かといる」のが苦手である。「誰か」とは、私が心を許せると感じている人以外全ての人を指すが、人間が嫌いとかではなく、単に私がかなり気を遣うタイプで、なおかつ人見知りのために身の置きどころがなくなるから、という理由だ。

インターネットを介した付き合いやSNSなど、対面ではない場合は長時間話したりしても割と平気なのだが、現実世界で同じ空間に別の誰かがいる、という状況になると、とたんにドキドキし始める。

子供の頃は誰かと一緒にいるのが嫌と思ったことはなかったし、怖がりだったので、特に夜の暗闇はひとりになる方を嫌がっていたように思う。いつから「誰かといる」ことを苦手に感じ始めたのか定かではないけれど、多分高校生くらいからのような気がする。

私はわりと外部の刺激に過敏で、電車で通学する時もイヤホンで音楽を聴き、外の世界と私の世界とを遮断しないとそわそわしたり怖くなったりしていた。自我境界が脆弱だったこともあり、そういう「自作の社会とのカベ」を量産して、なんとか自分を保って生活していた。私は、なんの武器も持っていなかったから。

思春期を経て自我が芽生えてからは、自分の世界に閉じこもりたい傾向が強くなった。自分の中にある思考をノートに書き留めたり、考えを突き詰めたりといったことに対する欲求や執念が尽きず、学校やアルバイトなどの時間以外は基本的にひとりで部屋にこもるようになった。

ひとりでいる時間にはひたすら本を読み、外の世界で受けた処理しきれない感情や体験を文章にして昇華させることに没頭した。また、琴線に触れる音楽を聴いて自分の精神をなだめ、落ち着かせもした。そういった「外の世界に出る準備」を定期的にしないと、すぐにエネルギー切れを起こすからだ。

私にとって、外の世界にいる人間は脅威であると同時に、「どうやったら一緒にいられるのか分からないけれど、一緒にいたい」憧れの存在でもあった。

人間が嫌いではないのだから当然かもしれない。ハリネズミ(ヤマアラシ)のジレンマそのものだよな、と考えてはため息をつき、私は抜き身の刀のように神経を張り巡らせてまた世界に関わり、自分自身という刀で自分を傷つけていた。

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私は今、人口数千人規模の田舎に住んでいる。当然、人間が少ないので、地方都市に住んでいた時に比べて「人混み」というストレスは減った。

しかし、「誰かといる」頻度は前より多く、相手は60代以上の人が多いけれど、一緒に食事をしたりお茶を飲んだり話したりする機会もだいぶ増えた。

最初の頃はそういう場がすごく気詰まりで、逃げ出したいような気持ちになっていたが（特にお酒の席など）、最近は慣れてきたのか、数時間なら平気で過ごせるようになった。

田舎に来て、「知り合い以上家族未満」みたいな関係性が増えて、思案した結果『よく関わる周囲の人はみんな父母のような存在である』と思うようにしたのも良かったらしい。実際「ただの知り合い」と言うには関係が深すぎるし、かと言って歳が親子ほど離れているため「友達」というのも違う気がするからだ。

この点に関しては、結婚してから田舎に来て本当に良かったと思う。独身のまま田舎に来ていたら、きっと周囲との距離感や付き合いで悩みに悩み、実家に逃げ帰っていたかもしれない。

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これらのことを踏まえて、私が苦手なのは「一時的な人間関係」なんだな、と気づいた。その場限りならいざしらず、職場だけで顔を合わせる関係、毎日電車で乗り合わせる関係など、一定期間、微妙に自分の世界に干渉されるけれど、そこまで踏み込まないし踏み込めない関係。

そういう微妙な線引きが苦手なのだ。

深い関係(継続的で気心が知れた関係性)になってしまえば、私はお互いに「こういう人なんだ」と理解できて安心できるので、「誰かといる」ことに対してあまりストレスを感じなくなる。関係が深くなる予定がない付き合いは、落とし所がないように感じてしまう。

私は、全ての出逢いには意味があると思うタイプだ。だから、私が今まで経験してきた人間関係や出逢いによって、良いことも悪いこともたくさん経験できたことは自分にとってすごく良いことだったと思っている。

それらの経験があるからこそ、今住んでいる田舎で、傷ついたり失敗したりしながらもなんとか円滑に「誰かといる」ことができているんだと思うからだ。

逆に、田舎に来て「人混み」が存在しなくなったから、たまに都会に行くと人の多さに圧倒されるようになってしまった。やはり、刺激を避けすぎても耐性がなくなってしまうのだろう。

「誰かといる」のも、毎日少しずつ耐性をつけることが大事なんだと思う。私は今日も、たまに「誰か」から逃げ出しながら、また近づいて、自分にとって「誰かといる心地いい距離感」を探している。