
388 創作 ある夜のこと
ある夜のこと
「同じのをおかわり」
「ジントニックでしたね」
「やっぱりぜったい、あの人、部長としてどうかと思うんですよ」
「別会社で苦労してきたって聞いたけどな」
「年末になると客層、ぜんぜん違うんですね」
「うちも明日で閉めて、年明けは七日からです。おまたせしました」
「ありがとう」
「苦労っていっても、本人が自慢げに言っているだけですよね」
「そうそう、マスター、コロナ前に大晦日、やりましたよね、みんなで」
「ええ、そうですね。確かに。大晦日、誰が来てくれるのかなって、思いましたよ。おまたせしました」
「おお、久しぶりのズブロッカ」
「あれは自慢って感じもあるけど、なんとかこっちと溶け込みたいみたいな気持ちもあってのことじゃないかな」
「えー、そうですか? ぜんぜん響かないんですけど」
「やりましょうよ、大晦日。そのまま店閉めて、初詣に行こう!」
「あ、ぼくは帰省しちゃうからムリ」
「なんだ、来ましょうよ」
「大晦日にここに来るなんて寂しすぎない?」
「いいんですよ、寂しいって大事なことですよ。みんなで寂しさを抱き締めて年を越すんですよ」
「この人に、そろそろシンガポールスリングを作ってあげて」
「えー、そんなにまだ酔っていないし」
「すみません、ビルのオーナーが変わって大晦日の営業は難しいんですよ。はい、タンカレーのマティーニです」
「残念だなあ」
「残念な人なんですよ」
「今年の残念は今年のうちに」
ここから先は
852字
/
1画像
¥ 100
チップをいただけるとありがたいです。お心を頂戴しさらに励んでまいります。