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149 日本経済がぬるま湯状態な理由

『美しい星』(三島由紀夫著)のセリフ

 『美しい星』(三島由紀夫著)を読んでいる。この作品は、昭和37年に雑誌に連載されのちに刊行された。1962年だから、いまから62年も前である。日本はまだ「戦後」であり、高度経済成長の前、もちろんバブルも経験していないし、氷河期も、失われた30年も経験していない。しかしすでに東京都の人口は1000万人を超えている。大谷さんが移籍したドジャースが、これまでの本拠地ニューヨークを離れロサンゼルスへ移り、最初のドジャーススタジアムが建設された年である。現在のスタジアムもそれを改築して使い続けている。いまはなきジャニーズが会社として誕生したのもこの頃だ。「週刊TVガイド」が創刊され、視聴率調査のビデオリサーチが誕生。ビートルズがデビュー。ケネディ大統領時代でキューバ危機が起きた。
 この2年後に東京オリンピックである。
 そんな状況の中、主人公が出席した同窓会でこんな会話がある。
「不況? 結構じゃないか。日本経済の健康法だよ。西式の健康法と同じでね。熱い湯に入って、又、冷たいシャワーを浴び、又、熱い湯に入って、そのあとで冷たいシャワーを浴びる。これが、あんた、日本経済の心臓を強化するんだ」(『美しい星』三島由紀夫著、新潮文庫版、P65)
 戦後、連合軍支配、経済統制から徐々に自由を得て、朝鮮戦争特需を経験しいわばバブル後の時代は、このあと、東京オリンピックを経て怒濤の高度成長へと突き進む。
 しかし、その前夜では、日本経済を強くするためには不況も必要、との考えが一部にはあったことが、この作品からうかがえる。
 では、いま、そういうことを言う人はいるだろうか?
 失われた30年もそうだけど、バブル後に日本経済に蔓延しているのは、「熱い湯」でも「冷たいシャワー」でもない、「ぬるま湯」しか出ないシャワーではないだろうか?

いまだに34年前の株価と比較

 このぬるま湯状態を感じざるを得ないのが、このところニュースで賑わせている日経平均株価である。3万8000円台は、34年前のバブル以後、ようやくそこまで戻ったと言うわけだ。
 さらに新NISAなども手伝って、ちょっとした投資ブームにあるかのような雰囲気である。株式投資についてのテレビCMも増えている気がする。とても久しぶりに証券会社のCMも流れているようだ。
 私としても、とても懐かしい。「財テク」である。平成元年あたりの雰囲気にとても似ている。あの頃の熱気は、1987年のNTT株上場が象徴的だ。電電公社から民営化され、政府保有の株式が市場で売りに出され、それを購入した人は、株価があっという間に3倍に高騰したわけだから、熱狂するのもうなずける。
 その後、高値掴みで損する人たちが増えてくることで、沈静化していく。週刊誌などに「第二のNTT株探し」などと言ってまことしやかにさまざまな銘柄が提示され、もちろん、「第二」はないので、損する人が増える一方になっていく。
 ただし、今回は、バブルとはとても言えない。「バブルみたい」ではあるけれど、米国株の上昇と円安以外に特別、激しい動きは見えない気もする。
 なにしろ日経平均は、34年前とは大幅に銘柄を入換えていて、ある意味、米国株に連動しやすくしているとも言えるので、下落するときも一緒だろう。
 問題は、いまだに34年前の水準と比較していることだ。米国株の長期チャートを見ればわかるけれど、いまに至る急上昇は、1990年代以降のことである。それまでの緩やかな上昇も見事ではあるけれど、IT革命以降は、何度も大きな下落をしているにも関わらず、必ず前のピークを超えていき、いまに至っている。つまり、ちゃんと「冷たいシャワー」も浴びている。
 それが、日本はどうだろう。日本株の長期チャートを見ると、2014年頃にそれまでの下降一辺倒のトレンドがようやくブレイクしている。
 いまの視点で過去を述べるのはフェアではないけれど、こうして見ると、日本経済は「バブルでやられた」というよりは「バブルにしてしまった」ように見えるのだ。

ぬるま湯から脱する覚悟はない

 バブルをバブルにしてしまった理由は簡単で、「高騰が続くのは怖い」からである。私の記憶では、バブル期に社会はかなり派手な一部の人たちと、それをおもしろく思わない人たちの明暗の中にあり、徐々に政治も行政も「一部のお金持ち」よりは「みんなでそこそこ豊か」へとシフトした。
 これも現代の視点から過去を見るわけだからフェアではないかもしれないけれど、あのまま経済が成長していたら、おそらく政治家は減らされて、いま国会で居眠りしている連中は一掃されていただろう。そして経営者主体、起業家主体の国(アメリカがそうだけど)になっていったに違いない。つまり「小さな政府」が生まれていた可能性はあった。
 政治家は経済成長から置いて行かれることを恐れただろうし、公務員もまた給与で大きな差がつくのを恐れただろう。その結果、ぬるま湯を選択したとも言える。
 国民感情としても、冷たいシャワーは絶対に出ないようにしたい。熱くもならないけれど、とにかく冷たいのはゴメンだ。そんな気分が世の中を支配していたのではないだろうか。
 それはたぶん、いまも根強くあると思う。
 恐らく、日本経済はいま、新たな局面に向かいはじめていることが株価からうかがえる。これをバブルにするかどうかは、みんなの気持ちしだいだとも言える。
 たまには冷たいシャワーも浴びたい。心臓はそこまで弱くはないのだ、と言い切れるだろうか?
 それがいま、試されようとしているのだと私は思う。同時に、そこまでの覚悟はやっぱりすぐには表面化しないのではないだろうか。いや、これを精神論的な「覚悟」としてしまうと前近代的なので、ここは経営者たちもよく使う「体力」としておこう。
 冷たいシャワーを浴びてもへこたれない強靱な体を、日本経済は手に入れることができるのか。これからの10年でそれが試されるのだ。

雲海 3日目


 
 
 
 

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ほんまシュンジ
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