370 朝ドラとエンタメと主張
『虎と翼』が終わって
朝ドラ『虎と翼』は最終回まで見た。録画していたので今回の朝ドラ、全話見た。久しぶり。
前回のテレビドラマの話はこちら。あれ、この記事では朝ドラに触れていない。
書いたつもりでも、そうでもない。少なくとも正面からこの noteで朝ドラを取り上げたことはなかったんだといま気付く。なにしろnoteでもXでもたくさんの人たちが取り上げていたので、あまり言うことはなかった。
正直、9月に入ってからの『虎と翼』は、あんまりおもしろくなかった。このおもしろさとは、4月から8月まで続いていたおもしろさである。8月あたりから少しおもしろさは減りつつあった。それは、劇中で取り上げるテーマがシビアだったからだ。
やっぱりドラマって、主張があった方がいい。それはわかるけれど、主張が前に出て来るとドラマとしてのおもしろさは減ってしまう。2時間ぐらいの映画なら、その難しい状況も乗り越えやすいと思うけれど、1話15分とはいえ「毎日」となると、どうしてもシンドイ。
それが最終話は、とてもよかった。4月からはじまって、なにかしながら片手間で見ることのできないドラマだと感じた。だからちゃんと見続けた。ふいに訪れる感動に備えて。「おお、ここで感動しちゃうオレ」みたいな。
最終話、すでに主人公は亡くなっている。それは斬新さを狙っただけではなく、そのあとに回想として前話の続きをやるための作戦だ。生きている主人公たちのイメージのままで完結させるためにやったことだろう。そして見事にはまった。最後まで素晴らしかった。これでシンドイなあと思っていた9月も報われた気がした。
エンタメのおもしろさと難しさ
たまたまなのだが、その前後にテレビではあるが3本の映画を見た。WOWOWでやっていたやつ。『PERFECT DAYS』についてはすでに書いた。
ほかの2本。『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』、『少年メリケンサック』である。前者は言わずと知れた続編。後者は宮藤官九郎監督・脚本。そしてこの2本ともに、いわゆるエンタメである。『虎と翼』のような正面から踏み込む主張はない。だから、最初から最後まで、ただひたすら笑い転げて見る。バカみたいになって、楽しむ映画であった。
もちろん、こうした意味でのおもしろさと、『虎と翼』のようなおもしろさには、それぞれに質の違いがある。どっちもおもしろい。
今季、私個人としてとにかく不思議で驚いているおもしろさは大河ドラマ『光る君へ』に尽きるのだけど、大河ドラマの中ではもっともドラマ性が少なく、しかも現代社会との共通性も少ない世界を描いていながら、とんでもなくおもしろい。これはこれまで大河ドラマでおもしろかった三谷幸喜作品群(『新選組!』『真田丸』『鎌倉殿の13人』)、宮藤官九郎による『いだてん』のおもしろさとは大きく違う。
それは浮世離れした宮中をメインにしておきながら、人間としての共通の「思い」を描いているからかもしれない。つまりテーマは「人の気持ち」だ。そこがおもしろい。科学や技術の乏しかった時代、すべては気持ち、心で決まっていく。その揺らぎをどう捉えようとしたのか。
『翔んで埼玉 ~琵琶湖より愛をこめて~』はとんでもなくバカバカしい作品だが、人はなぜディスるのか、そしてディスるのがおもしろいかを、気付かせてくれる。悪乗りをすれば、誹謗中傷になる。それをどうドラマとして成立させるのか。最高によかったとは言えないけれど、なんとかやり遂げていると感じた。
『少年メリケンサック』は、たぶん、宮崎あおいの「汚点」と言われかねない作品かもしれない。汚くて下品でデタラメだ。しかしパンクを描こうとしたとき、ここまでパンクに描ける監督はそうそういない。この映画を好きではない人はパンクが好きではないのである。私はとりわけパンクが好きってことはないけれど、こうした音楽の力は理解しているつもりだ。それは理屈ではない。だからこの映画も理屈ではない。理屈の対局にある混沌こそがこの映画だろう。そこがおもしろい。
ただこうした映画はいずれも2時間程度の尺だ。だから耐えられた。これを毎日、15分でやられたら見ることは諦めることになるだろう。もっとも『少年メリケンサック』には朝ドラ的な要素が見られていて、もしかすると不可能ではない気もする。ただ朝、毎回、下品な事態に直面することに視聴者は耐えられないかもしれないけれど。そういう部分を取り除いても、成立するような気もするし。
エンタメとひとくくりにされてしまうけれど、「おもしろいものを」と間違いなく考えて練られているはずで、それを難しくしてしまう要因はさまざまだ。特に、主張をメインに置いたときはハードルは高くなる。
朝ドラ『虎に翼』は、その高いハードルに挑戦した。私はその姿勢に感銘を受けたひとりだ。さまざまな批判があるのも理解できるけれど、ドラマはまずエンタメなのだから。「あーおもしろかった」「見てよかった」が大切な気がする。それは「またいつか」へとつながる。