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172 自己肯定、自己否定、自己放置

自分で遊ばない

 私は一人っ子だ。昭和の一人っ子は、かなり迫害を受けてきた。
「おまえ、一人っ子だもんな」とか「やっぱり一人っ子だから」といった解釈を見知らぬ人にまでされるわけだ。
 しかしこちらは、すでに一人っ子歴○十年のベテランである。そんじょそこらの一人っ子ではない。社会人になってから、一人っ子から「長男」へ成長した。何人兄弟でも、長男はそれなりのポジションとして評価される。最近、よく耳にするのは、親としてはたいがい長男長女の育て方で失敗をし、二男二女以降でその失敗を繰り返さないようにするらしい。したがって、長男長女の社会的なポジションも、この頃は低下しているかもしれない。
 とはいえ、腐っても鯛。いや、腐った鯛は食べないけども、だ。
 そんな話をしたいわけではなく、一人っ子は、そうした社会的な迫害の下に育つからか、やけに自分を見つめてしまうクセがついている。見回すと、自分しかいない。だから自分でやるしかない。あるいは、なにもしないと自分で決めるしかない。
 最近はよく、自己肯定感なる言葉を耳にして、どうも自己否定よりは自己肯定がいいらしい。いや、詳しいことは知らないが、「自己肯定感を高めよう」といった使われ方をするから、それは自己肯定の方がいいんだよ、と言っているようにしか聞えない。
 だけど、正直な話、なにかを生み出したり創り出したり前進しようというときに、一番大切なことは、自己否定だ。
 いったん、自分を否定していかないと、新しい何かは始まらないからだ。自分を肯定してばかりいたら、むしろ危うい場面に遭遇するのではないかと心配になる。
 もちろん、自己否定をすると「どうにもならない!」と感じてしまうときもある。そのときには、「自己肯定」なんてすぐにはできないので「自己放置」した方がいいのではないだろうか。
 いずれにせよ、一人っ子の私が言うのもなんだけど、「自分で遊ばない」ことである。自分を肯定したり否定したりしても、うまくいかない時はある。その時は自分で遊ぶのをやめて「放置」しちゃうのがいい。

自分は何者でもない

 自分とは何か。いったい、自分な何のためにこの世に生まれたのか。これから自分はどう生きればいいのか。あるいはどう死ねばいいのか。そんなことを考えても、簡単に答えは出ない。もし、簡単に答えが出たときは、その答えに飛びつかず、疑った方がいい。
 そもそも、自分は何者でもない。何者でもないくせに、何者であるかのように振る舞う必要があるだろうか? 何者でもない者として生きたってなんの問題はない。そもそも、「自分は」なんて考えはじめることが、もう罠にはまっている。
 自分なんてどうでもいいのである。自分のことをすべて自分の責任として負うべきなのだろう。でも、自分のすることのすべてが、自分から発生しているなんてことがあるだろうか? そもそも父母によって生み出されたのだから、それは自分の力ではない。自分なんてものがない肉塊として、ポロンと世の中に産み落ちたのだ。その肉塊は、しだいに自我を植え付けられていく。それは、教育によってなされるのであって、自分の中から発芽して成長したものとは限らない。
 確かに、いろいろな種を内包した肉塊かもしれないけれど、それは同時にさまざまな悪性の因子も内包した肉塊なのであって、その中のどの種を成長させるかは、自分の努力だけでは到底、決められない。環境によって、教育によって決定されていく。
 気付いたら、自分は自分となっていたのである。一人っ子は、自分のせいで一人っ子になったわけではない。六人兄弟の末っ子も、自分のせいではない。
 それなのに、教育によって「それはすべて自己責任だからね」と教えられるから、自己肯定、自己否定といった言葉へつながっていく。
 もちろん、私は私なので、このままでいいのだと開き直った方が簡単かもしれないけれど、実際いはそれでは社会の中でさまざまな障害にぶつかる。それを回避するためには、自分をいったん否定してしまうことも含めて、捉え直すしかない。
 だけど、それって、正直、面倒だし。かなりメンタルとしても不安定になりそうで怖いし。なにがよくないといって、こうした自分による自分の捉え方なんてものは、他人はまったく興味のないことなので、誰かに話をしたところで、こちらが思うような受け止め方はされないのである。
 だったら放置でいいんじゃない?
 そうだよね、Uber Eatsでいいなら、放置だっていいじゃないか。
 自分を放り出す。投げやりな言葉に聞えるかもしれないが、自分のことは見て見ぬふりをしつつ、生産されたアウトプットにのみ目を向けていくことで乗り切ることができるのではないだろうか。
 ここまで書いて、そうなるとまったく文学的じゃない、野蛮な行動に見えるな、と感じたけれど、自分から少し離れてみるのはいい気がしてならないのである。

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