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相談女2
「相談女」は恋人や、夫を盗む。では、「でもでもだってちゃん」は何を盗むのか。それは「時間」だ。
彼女の新居は高台にあるマンションの一室で見晴らしの良い部屋だった。なぜかあまり家具が揃っておらず、意外だな、と思った。彼女ならきっと素敵なインテリアを入れているだろうと思っていた。
「なんかね、もう離婚したいんだよね」と彼女は言った。
一緒に暮らし始めたら、夫のデリカシーのなさが耐えられない、でも離婚するには理由が弱いからどうしよう、という話が始まった。いっそ、浮気とかしてくれたらいいのに。でも浮気するような度胸もないだろうしねぇ、と彼女は冷たく笑った。
彼女へのプレゼントだったアクセサリーが、彼女と出会う前に買っていたものだと、バレたとき、彼女がものすごく怒ったら、彼も怒って喧嘩になったあげく、彼はそのアクセサリーを窓から捨てたのだそうだ。そのアクセサリーは彼女がもらったものだから、勝手に捨てるとかありえない、と更に怒りが倍増している様子だった。なだめたり、慰めたり、いろいろしたが、彼女の怒りは収まらず、話も止まらなかった。彼女の家を出て、帰りの駅に向かう途中もずっと彼女は話し続けていたが、私はもうかける言葉も見つからず、疲れ果てていた。
次の日から、彼女の電話がまたしても頻繁にかかるようになった。会社から帰ると、夕ご飯を食べる前に、彼女から電話があり、食事をしながら彼女の話を聞き、お風呂に入ると言えば、「あがったら電話してほしい、お願い。もう耐えられない、助けて、もう頼れる人は○○しかいないの」と言われ、放っておくわけにもいかず電話すれば、私が何かいうたびに、「でもね、だってね」と話はエンドレスだった。そして彼女の夫が帰宅すると唐突に電話は切られる。
会社員の私と専業主婦の彼女とは自由な時間の長さがまったく違う上に、彼女の夫が出張すれば夜中まで、デモデモダッテが続く。救いがなく、着地点もない不幸な話は、私を追い詰める。私は自分がまるでたんつぼかゴミ箱になったような気分だった。数週間続いた長電話のあと、さすがにもう限界だと思った私は、そう伝えた。
その後彼女から留守電に「そんなに迷惑だと思っていなかった。反省している、もう電話をしつこくしたりしない、許してほしい」そんなメッセージが延々と入っていたが、だからといって元通りにつきあおうとも思えなかった。
彼女にとって、私は友達ではなく、単なる暇つぶし、グチを言うはけ口だったのではないか。彼女に対する疑念と同じく、自身についても疑念があった。私はどこかで自分が彼女にとっては取替のきく存在だと気が付いていたのに、「頼れるのは○○だけなの」という言葉で膨らんだプライドが邪魔をして気が付かないふりをしていたのかもしれない。「相談女」に騙されるモテない君のようなものだ。
その後、私は自身の結婚と、家族の病気などで環境がめまぐるしく変わってしまい、彼女とはまったく連絡をとらず、そのままになった。
結婚してしばらく経った頃、この話を夫にした。夫はどんなふうに考えるのか、夫だったらどんなふうに対処したのかを知りたかったからだ。
「女の子ってさ、ただ聞いてほしいだけなんじゃない?アドバイスとかいらないんじゃないの?アドバイスなんかするから、デモ、ダッテ、とか言われるんだよ」
夫はため息をついた。
「まあ、キミは普通の女の子とちょっと違うから、わかんないかもしれないけどね、女の子が話しているときはウンウンってテキトーに聞いときゃいいんだよ」
夫のほうが女性を理解していたということか。
「彼女からのアレは相談じゃなかったの?マジ?」
この記事を読んでいる女性も、もしかしたら男性も、私のダメさ加減に驚いているかもしれない。しかし私は夫からそう聞くまで、まったく気がついていなかったのだ。もしも私が「相談じゃない」と気がついていたら、まったく違った現在があったかもしれない。
以来、私は女性の話を聞く場合には、対応を間違わないように気を付けている。失ってしまった時間は戻らないけど、これから先の時間を失うことがないように。友達を失うこともないように。
最後に「相談女」が現れた場合、どうするのか夫に聞いてみた。
「たぶん相談女はオレには相談しないと思うよ。そういうヤツはひっかかる男とひっかからない男を嗅ぎ分けるからね、キミが心配しなくても大丈夫」
夫はそう言って笑った。