18歳の #8月31日の夜に

春先から溶け出した空
燃えたぎっている地面を裸足で歩いていて
3秒に一度、海が呑み込みこんでくるのが視界の上方に入り
でも決して水辺には手は届かず
穴に落ちていく重力を感じる

夏の終わり、街中で同窓生が私を見つけたとき
私はとうに水底にいて
身体は燃え盛っていて
目の焦点はなく
こちらを見据えていた
そう彼らは証言する

3月31日から4月1日に変わった瞬間
級友は皆ハチマキを額に巻き始めた、高校三年だもの
私の周りだけ、机も手も黒板も文字も真っ白になったのを
世界が真っ白になったのをその日に知って
誰にも言えずにまだ太陽が午前の方角
弁当を鞄に入れたまま丘の上にある学校を飛び出して
両脇の茂みが顔にふりかかるルートを転げ降り
市立図書館に逃げ込んだ

誰も追いかけて来なかった
それまで水泳、テニス、バレーボールをしていた人が
きちりきちりと音を立てながら優雅な将来に向かって息を整えていた
整然と、美しく、間違っていない未来が
彼らの目にはちゃんと見えていた
彼らは、自覚していたのだ
決して世の中が自分達を裏切らないことを

私にだけその道にかかる屋根が用意されていないことを
その時まで知らされていなかった 
私の手元にあったのはその事実だけ
でも誰も気にしていなかった
私には列車が用意されていないことを
むしろペースメーカーがいなくなる丁度よいタイミングだった

私が受けていたものは風だけじゃない
彼らの人生には決して吹かない風、縁のない風を
その下でうねる火星まで届く濁流を
大量の涙と二代三代の怨嗟を
血がかよったときからリンパに刻んで生きていた
そのことに気づいたのは十年後

そんなに苦しむ必要はなかった
18歳の夏なら本当は、そこにあったのは無限の数の薔薇
今三十代も半ばになった私は
それだけの夢を、安らぎを、あなたに与えることができる
その無限の薔薇と安らぎは完全に平等に与えられている

穴に落ちる引き金は、あなたの手にしかない

せせら笑いも、醜い競争も、偏差値も、家も血も
あなたの手や彼らの手にあったりなかったりするけれど
平等に完全に、各人に無限に与えられている空間を
18年分の水圧に足をとられたあなたには想像もできない
でもそれは存在する
だから大人達は、メッセージを発している
ノイズのなかからそれを探し出して、キャッチして
世界はあなたを傷つけない



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