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創傷治癒過程の細胞の動きを解説します③

さて,前回は炎症期についてざっくりと説明しましたが,私は外傷を見る上で必要な最低限の知識はあの程度でいいと思っています.

それがわかれば,よく言う「血腫は大事に」というのが理解できると思います.

この記事では創傷治癒過程の増殖期について解説します.


創傷治癒とは

まず,創傷治癒においてコラーゲンの生成が大事であることを知りましょう.

そもそも,動物の体は細胞と細胞外基質でできています.よく「ヒトの体は37兆個の細胞でできている」とかって言いますが,これは間違いで,「ヒトの体は37兆個の細胞とそれらをうずめる細胞外基質からなっている」というのが正しい表現です.

この細胞外基質の多くがコラーゲンです.

筋肉も靭帯も骨もそうなんですが,ここでは傷の治癒過程を説明していますので,皮膚についてみていきましょう.

画像A 皮膚を例にしたコラーゲンの所在

表皮というのは死んだ細胞と死に損ないの細胞の層で,ここは細胞同士がそのままくっ付いていたりするのですが,その表皮の層の下をシート状に支えている基底膜というのはコラーゲンでできています.(画像A右上)

その基底膜と真皮の層をアンカーして繋げているのもコラーゲン.(画像A左上)

真皮層になると細胞外基質の割合が増えて,ここにもコラーゲンがたっぷりと確認できます.(画像A下)

皮膚とコラーゲン / エッセンシャル細胞生物学より

もちろん,コラーゲン以外にもエラスチンとか色々とありますが,メインはコラーゲンです.膠原線維とも言います.

つまり,創傷の治癒は「コラーゲンの充填」とも言えます.

動物の皮膚に傷ができたら,とにかく体は感染を防ごうとしますので,①血管の修復(止血),②細胞増殖,③ECM産生の順でなんとか傷口を塞いでしまおうとします.

ここで言う①は先ほど説明した炎症期ですね.

②と③が今回の増殖期の話なのですが,③のECMというのがコラーゲンで,②の細胞はコラーゲンを生成する“線維芽細胞”ということになります.


線維芽細胞とは

では,線維芽細胞について詳しく見ていきましょう.

線維芽細胞の模式図 / エッセンシャル細胞生物学より

まず前提知識として,線維芽細胞などのECM中の細胞の多くは足を出して移動することができます.

移動といっても別に細胞に意識があるわけではなく,何かしらの化学的な信号を受け取って細胞内のアクチンフィラメントで這うように動きます.

細胞移動の模式図 / エッセンシャル細胞生物学より

このように,線維芽細胞はありふれた細胞ですが,観察してみると面白い細胞なのです.

特性をまとめます

  • 這って動けるようになれる(線維芽細胞のみならず他の多くの細胞も移動できますが,創傷治癒において線維芽細胞が移動するイメージを持って欲しいのであえて書いています)

  • コラーゲンを多量に産生できるようになれる

  • あらゆる結合組織に存在する(自身の作ったコラーゲン線維の中にうずくまっている)

このように,柔整師が扱う運動器外傷とは切ってもきれない関係にある細胞なのです.

この分野の研究は癌や線維化する疾患の研究の重要性から,他の分野の研究と比べてはるかに進んでいます.(商業利用に繋がりやすいため研究資金が付きやすいのです.)

さらに興味のある方は,コラーゲンの構造や生成方法などを調べてみると面白いですが,まずは大まかな流れを理解することに努めましょう.

さて,繊維芽細胞の特徴に書いた「〜になれる」という書き方に疑問を持った方はいますでしょうか.

ここでもう一度,いちばん最初のグラフを見てみましょう.

最初のやつ

炎症期の下降初期くらいから線維芽細胞の分化・増殖が亢進しています.

そして途中でなぜか「筋線維芽細胞」と書いてあります.

次はこれについてみていきましょう.


筋線維芽細胞とは

線維芽細胞と筋線維芽細胞の違いは,細胞内の細胞骨格(主にアクチン線維)の量で決まります.

つまり,線維芽細胞が筋線維芽細胞となるのです.

日本語のせいで全く別の細胞だと思う人も多いのですが,(いや,性質は全く別なんですが)基本的には同じもので,周りの環境によって性質を変えるものなんだと理解してください.

Myofibroblasts Methods and Protocolsより引用改変

上記の図はそれを視覚的に分かりやすくまとめたものです.私が改変して日本語訳したので原著とは少し意味合いが変わっている点にご注意ください.

下の写真を見るだけで美しいですよね.

ACTA2(別名:α-smooth muscle actin、α-SMA)は、アクチンファミリーに属します。アクチンは、様々な細胞運動性に関与する高度に保存されたタンパク質であり、全ての真核細胞で広く発現します。ACTA2は主に血管平滑筋で発現され、抗ACTA2抗体は平滑筋細胞マーカーとして一般的に用いられます。

図の左の「no stress fibers」というのは,平滑筋アクチン線維がみられないという意味で,これを一般に線維芽細胞と言います.

そして,プロト筋線維芽細胞というのが傷口に向かって積極的に動いている線維芽細胞だと思ってください.これが先ほどの移動様式で移動します.

そして,移動した先で患部に居座った状態がいちばん右の完成系の筋線維芽細胞です.この時はもう細胞自体が強力な収縮能を持っていて,コラーゲンの産生量はガクッと下がります.

収縮能を持つということは,組織を硬くすることと似たような意味だと思って良いです.

これは,傷口を塞いでいくイメージと合致すると思います.


血管内皮細胞の関係性

線維芽細胞と毛管内皮細胞の分化は密接に関係していると言われています.

授業で習った通り,血管内皮細胞というのは血管を構成する細胞です.

これは昔は血管内皮細胞が→新しい血管内皮細胞を産む,それ以外はないと考えられていたそうですが,今では研究が進んでさまざまな可能性が考えられています.

上記研究では「新生血管内皮細胞の由来については、1)既存血管の内皮細胞。2)血管内皮前駆細胞,3) MSCs, 4) ASCs 及び5)組織常在性線維芽細胞の5種類の細胞が考えられる。」と考察されています.

正常の組織内に分布する組織常在性線維芽細胞が血管新生の場において,線維芽細胞が血管内皮細胞に分化するという潜在能力をもつことはすでにわかっています.

コラーゲンがあって血管がその間を通過するという正常な組織を見ても,共生している様子はよくわかると思います.


臨床へのヒント

さて,ここまで炎症から増殖期への転換をみてきましたが,この後にりモデリング(各組織の退縮・調整)が起こり,元々の組織と同等にまで治ります.

もちろん,正しく反応がすすめばの話です.

このようにざっくりと創傷治癒の過程を追うだけでも臨床へのヒントを見つけることができるのではないでしょうか.

例えば,以下の問いに答える際にこの基本的な損傷組織の反応の流れが役立つと思います.

  • 外傷初期にはたっぷりとアイシングをしてなるべく炎症反応を抑えたほうがいいですか?

  • 捻挫は受傷翌日から運動療法を行なって機能回復に努めたほうがいいですか?

もちろん,受傷初期からアイシングをして血管を収縮させ細胞の動きを止めていいはずがありませんし,靭帯断裂部に新しい橋渡しとなる構造ができていないのに断端が筋線維芽細胞の収縮で縮んでしまっては靭帯は癒合しません.

これまでに説明した大まかな流れで外傷治療を説明できるなどとはもちろん言いませんが,この基礎的な内容から,皆さんの中で「これってどうなんだろう?」という疑問が生まれれば幸いです.

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