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なりかの生い立ち。その1


Instagramでお題を募集したところ、「なりかさんの生い立ちを知りたいです〜」と言っていただけましたので、今日は生い立ちについて書いてみようかと思います。

わーい!書くぞー!!!と意気込んでPC画面を開いてふと思ったんですが


あれ?
…生い立ちって…どこからどこまで!?!?!?

その答えを確かめるべく我々はアマゾンの奥地へと進んだ。

(大丈夫?ブラウザの「戻る」タップしそうになった?戻ってきて)


はい、生い立ちが具体的に何を指すのかわからなかったので調べてみたところ

生い立ちとは
どのような環境で、どのように育ち、育てられたか、という成長の過程。

ほんほーん。

ただいま。(アマゾンに行こうとして開けた玄関のドアを締めながら)

「育てられた」か…
わたしがどのような環境で育ち、育てられたかという…成長の過程…

いやいやわたし、伸びしろしかないんでね。
成長の過程書き出したら幼少期とかじゃなくて
今の今現在まで書くことになっちゃうけど、いいの?

(質問くださった素敵フォトグラファーさんコレ読みながら後悔してるんだろうなあ。笑)

諦めないで!!!!!

はい。ということで、まずは生まれたときから順を追っていい感じに書いてみようかと思いますので、もしよかったらお付き合いくださいませ〜!

そして「あ…なりかさん、もう、このへんでもういいっす。お腹いっぱいです」ってなったら教えて下さい。ぺこり。


それでは早速行ってみよう!れりごー!!!

生まれ
沖縄県沖縄市山内にて
同じく沖縄育ちの両親の元、3人きょうだいの末っ子として生まれました。
父方のじいちゃんとばあちゃんは奄美大島出身で、そこから川畑姓が来ています。
兄ちゃんは5つ上、ねえちゃんは2つ上。

5つ上の兄ちゃんとは年齢がいい感じに離れていたこともあって
すごく仲が良いいです。
ちょっとシュールな楽しいことは兄が教えてくれました。(『Mr.ビーン』と『笑う犬の生活』の素晴らしさを教えてくれたのも兄でした)

姉とは2つしか歳が離れていないので、距離感が近すぎたせいかよく喧嘩をしていました。笑

姉からは本当にいろんなことを学びました。

なんというか、正反対の性格だったので、本当によくぶつかっていまして。笑

詳細は割愛しますが、適切な距離感を取ることの大切さを、わたしは姉に教えてもらった気がします。

(これについてもひと記事かけるんじゃね!?と思うほどいろいろあったので今回はやんわりと書いてしまいます〜)



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ちなみにこれはわたしの百日記念の両親との写真で、たぶん一生懸命にうんちを気張っている瞬間にシャッター切られたお気に入りの写真です。

昔は父に似ていると言われることが殆どだったんですが、歳を重ねてからは母にも似ていると言われることが増えたなあ。

幼稚園あたりで同じ沖縄市の安慶田という地域に引っ越してきて、そこに父が家を建ててくれました。

安慶田は母の親戚一族が住んでいる地域で、今の実家も隣も斜め前もその一個となりも親戚が住んでいるという沖縄あるあるな環境です。

両親が共働きなこともあって、幼稚園や学校が終わった後はよく母方の祖父母の家に預かってもらっていました。

じいちゃんが家の裏で畑をしていたので、よく一緒に畑仕事のお手伝い(というか今考えたらきっと邪魔)をしていたのを覚えています。


小学校低学年辺り
学校が大好きなタイプの小学生でした。
知らないことを学べるのが楽しくて、お友達と遊ぶのも楽しくて
先生はみんなユニークで情熱的で、将来の夢は

きりん(幼稚園)→ケーキ屋さん→パン屋さん→学校の先生

と移行していくほど、素敵な大人に囲まれた毎日でした。
(幼少期って親と先生が出会える大人の全てだった気がします。笑)

授業は国語が一番好きで、その次が図画工作。
髪はオカンにつれられて行く美容院でいつも刈り上げにされていました。


小学校中高学年辺り
これから話すのは小学4年制の頃、
全然仲の良くないクラスメイトに呼び止められたある日の出来事です。

「なーりー、一生のお願いがある。ブラスバンド部の見学に来ない?
 人数が少なすぎて廃部になりそうってば。今なら楽器も好きなの選べるよ!見るだけでいいからさ〜!」

と懇願されて、そこまで言うなら…そして見るだけなら…と見学に行ったんですが

ちなみにわたしは習い事の類は一切してこなかったので
(特に望まず両親からも何も言われてこなかったタイプ)
ピアノなんかは全くできません(猫ふんじゃったも弾けません)

音楽室のドアを開けたとき、クラスメイトは開口一番にこういいました。

「せんせー!この子入部希望の子!
〇〇(兄の名前)と〇〇(姉の名前)の妹ってー!」

「あ、そうなの?あの二人なら運動神経もいいからあなたも力あるはずね、
うーん。でも楽器は一番大きくて重たいけどチューバしか余ってないからそれやってね、はいこれ」


どこからツッコミ入れたらいいんだ!!!!!笑

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そして無駄に責任感の強いわたし、何故か押し付けられてしまったこの大きくて重たい楽器を小学校卒業するまで3年間続けます。
(ちなみにわたしを誘ったクラスメイトはわたしを紹介した2日後に辞めていました。なんでだよ。笑)

他にも小学生中高学年の頃は…
生徒会に入ったり、学芸会の劇で主役を務めたり、絵に書いたような優等生キャラだったと思います。

通信簿にもいつも「元気があって、クラスを明るくしてくれる頑張りやさん。なりかさんのことがみんな大好きです」的なことを書いてもらった記憶があります。ありがとう先生!

まだこの頃のわたしは挫折を知りません。笑

あれ、まって。生い立ちってまだ続き書いていいのかな?

と思ったのですが、多分中学、高校でもひと記事書けそうなので、一旦今日はここまでにしてみます。

(ね、言ったじゃん!長いよおおおおお〜〜〜〜)

読んでくださってすごく有難いのですがなんの実りがある訳でもない今日のnote。

お詫びにわたしの百日写真のアナザーカットをご紹介して締めたいと思います。

しんどいとき、いつもこの写真に勇気をもらっていました。

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うん。何等身かな? 1.5等身ないかな?

そんなこんなで今日もなんとか日付が変わる前に書くことができた自分を褒めてあげたいと思います。(これでいいのか)


いいんです!(突然の慈英)


前回くらいまで結構真面目なやつばっかり書いちゃってたから、たまにはこんな軽めのやつでもいいのではないかと言い聞かせていますが、どうでしょう。

(画面越しの慈英待ち)

ありがとうございます。にっこり。


生い立ち、書いてみると昔を思い出して楽しいですね。
お題をくださってありがとうございます。
まだまだ続きますのでよかったらまた見てやってくださいませませ。

今日は軽やかに言えるような気がするなあ。

今日も来てくださってありがとうございます。

あなたの今日と、あなたの明日が、穏やかで ふふっと笑えるものでありますように。

それではきっと、また明日。


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