見出し画像

5厘と理不尽。ショートショート

「5ミリで」
どうしても髪質を変えたかった僕は、思い切って一度頭を丸めて見る事にした。
正確には、髪質が変わるという噂程度の擬似科学に縋ってみると言った方が良いかもしれない。
それほどまでに、天然パーマが鬱陶しく感じた。
床屋の店主は、驚いたように5厘で?と聞き返してきた。
危うく聴き逃しそうになりながら、慌てて否定する。
店主は納得したように頷くともう一度、「大丈夫ですか?」と確認してきた。
大丈夫です、と意を決して答える。
かしこまりました。と店主はバリカンで剃り始める。
僕はその光景を眺めながら郷愁に駆られた。

野球部時代、試合前に全員5厘にする事を強要されていた。
みんなで話し合いの場を設ける、なんて綺麗事を盾にしながら実質先生からの強要だった。
伝統やら、先輩からの目やらが突きささる。
結局、頭を丸めた。
試合に勝つ事と5厘にする事に何の因果があるのだろうか。5厘にして勝てるなら、どのチームもやってるって。
大人は、そういうの大好きだもんね。
なんて意見は、口には出さなかった。そんな勇気なかった。

今の自分も、あの頃と変わらない。
同調圧力に屈し、本質が見えない年上の方々にヘコヘコしている。

刈り上がった頭を眺める。
思いの外、似合っていた。
僕は、お金を払い店を後にする。

お店には爽快感と切なさだけが残っていた。

いいなと思ったら応援しよう!