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文芸編集者が“推し本”をご紹介!

日々多くの小説に触れている文芸編集者が、イチオシ本をご紹介!
ステイホームが続くなか、本選びの一助となれば幸いです。

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紹介者:第二文藝部部長・武田昇

武田さん回 書影

『私の「紅白歌合戦」物語』(山川静夫)

山川静夫さんはNHKの元人気アナウンサー。歌舞伎や文楽にも造詣が深く、小説誌のオール讀物でも昭和55年から今に至るまで連載コラムを書かれています。その山川さんは昭和49年から昭和57年まで9年連続、紅白歌合戦の白組の司会をされており、その時の思い出やエピソードを盛りだくさんに入れた本です。

ちょうど一昨年の暮れにこの本を作ったのですが、その時は紅白歌合戦が70回目の節目の年だったんです。山川さんが最後に司会をした昭和57年は紅白の視聴率が69.9%というすごい数字で、それでも70%を割ったなどと言われてしまう時代でした。歌手たちもちょうどGS(グループサウンズ)のブームが終わって、フォークソングが進化したり、ロックやニューミュージックが台頭してきて、 一方で演歌も人気という時代でした。例えば昭和49年、山川さんが初めて司会をした年は、トップバッターが西城秀樹さんと山口百恵さん。お二人が共に初出場という年。その時の様子をトップバッターから大トリまで紙上で再現するという形で、この本に詳しく載せています。あとは、由紀さおりさんと、このカバーにも写っている佐良直美さんとの対談も収録しました。

当時の紅白歌合戦は、男女の歌手が紅白に分かれてお互いに競い合うという、まさに“合戦”だったんですよね。山川さんは今の紅白歌合戦は“合戦”というよりも“イベント”色が強いのかな、もう少しかつての合戦の雰囲気を出せないかな、と考えていらっしゃっていて、そんな提言も収録されています。

山川さんは、アナウンサー時代にずっと日記をつけられていたのですが、司会をされていた当時のものを読むと、紅白の本番が近づくにつれて、日記にも緊張感があらわれています。どうしてもピリピリしてくるのか、ある年の年末には奥様と喧嘩をしてしまったなんていう記載もあったりして。本書には、そういった臨場感あふれる記述の日記なども抜粋して掲載させてもらっています。

 当時の雰囲気が伝わってくる、なかなか面白い本だと思います。

『北の海』(井上靖)

これは、いわゆる井上靖さんの自伝三部作と言われる『しろばんば』『夏草冬濤』『北の海』の3作目です。

簡単にあらすじを紹介しますと、このシリーズの主人公・伊上洪作という少年は、“おぬいお婆さん”と二人で湯ヶ島で暮らした後、沼津の中学に通います。ここまでが『しろばんば』『夏草冬濤』で書かれているんですが、『北の海』では中学を卒業した後の洪作の成長が描かれています。洪作は、高校に入れずに浪人をしますが、その間に金沢第四高等学校、今の金沢大学に進んで柔道をやっているという先輩に出会うんです。洪作は彼から「一回練習に来ないか」と言われて金沢に行き、柔道をしたり、実際に先輩たちと触れ合うなかで感銘を受け、自分も金沢第四高等学校に行って柔道をやりたい! と思うようになるんですね。本の中には、やはり金沢に来て何年も浪人したままでいる、四高の先輩たちよりも偉そうにしている大天井というあだ名の男が出てきたりして面白い。

実はこの本、『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』を書かれた増田俊也さんの偏愛本だそうで、「この本を読んで、自分は人生を振り回された」と仰っているんです。 増田さんは北海道大学へ行って柔道部に入られるのですが、その決断のきっかけとなった一冊が、この『北の海』だったそうです。

とはいえ柔道のことばかりではなく、この本は青春小説としてもとても楽しく読めるので、おすすめです。洪作は作中で“極楽とんぼ”と言われている通り、すごくのんびりというか、マイペースで、そこはかとないユーモアを感じる人柄なんです。行きつけの食堂で働く女の子との「恋愛」までもいかないような、淡い恋模様も読みどころですね。ちょっと手が触れ合うだけでドキドキするような場面があったり、青春小説としても秀逸な作品です。僕はあまり同じ本を何度も読み返すことがないのですが、この本に関しては何度読み返しても、毎回クスッと笑ってしまいます。

ちなみに、井上靖さんは今年で没後30年になられます。是非、『北の海』だけではなく、『しろばんば』から三部作を読んでみてもいいんじゃないかなと思います。

『愛の領分』(藤田宜永)

これは藤田宜永さんの直木賞受賞作です。

藤田さんは残念ながら昨年の1月に69歳で、ご病気でお亡くなりになりました。冒険小説やミステリーなど、様々なジャンルの小説を幅広く書かれていますが、中でも恋愛小説というのは、藤田さんのお得意の分野の一つだったと思います。その最高傑作がこの『愛の領分』ではないでしょうか。

主人公はスーツの仕立て屋をやっている淳蔵という50代前半の男性。彼の実家は長野で旅館をやっていたのですが、人手に渡ってしまい、淳蔵は若い頃にそこを追われる形で東京に出てきます。ある日、かつての親友だった6歳上の高瀬という男から連絡がきたことをきっかけに、淳蔵が久々に故郷を訪ねるところから、この小説は始まります。

淳蔵は、およそ30年ぶりに高瀬と再会し、高瀬の妻・美保子にも会うのですが、この美保子という女性が、彼がかつて想いを寄せていた女性なんですね。ですが最後に会ってからだいぶ月日が経っていますから、彼女も病気を患ったりして、だいぶ変貌している。そんななか、実家だった旅館で働いていた太一という男性の娘・佳世と淳蔵は出会います。佳世は40歳手前ですので歳の差はありますが、やがてお互いに惹かれて付き合うようになるんです。ところが付き合っていくうちに、佳世は淳蔵の先輩である高瀬とも、実は以前に関係があったんじゃないかと……。さらには淳蔵と美保子との間にまた何かが始まるのではと思わせたりして、過去と現在がリンクしながら、高瀬夫婦と淳蔵、そして佳世の4人の関係が明らかになっていく、という小説です。

この小説が素晴らしいと思うのは、情景描写と登場人物の心象風景がリンクしているところです。会話ももちろん素晴らしいんですけど、会話だけじゃない読ませどころ、妙味みたいなものがあって、そこに男女の恋愛模様が時に美しく、時に妖しく描かれているなと思うんですよね。

文庫本は僕が作らせてもらったんですが、解説は渡辺淳一さんに書いて頂きました。渡辺さんは当時直木賞の選考委員をやられていました。「この作品は、著者自身が主人公に乗り移って書いている。本当の意味で藤田さんが恋愛小説家になった記念碑的作品である」と仰っていました。

主人公は50代前半ですけれども、藤田さんもこの作品を書かれた当時、ちょうど50歳そこそこ。その年齢でよくこの小説を書いたな、というところにもびっくりしますね。失礼ながら老成しているというか。直木賞の選評でも「登場人物が老成しているのでは」といった意見も出たのですが、そこも含めて、非常に読みどころのある一冊じゃないかなと思います。

藤田さんは、『愛の領分』の後も様々なジャンルを書かれ、もちろん恋愛小説も書かれているんですけど、どちらかというと若い女性に振り回されていくような男性を描かれているように思います。例えば、『恋しい女』とか『奈緒と私の楽園』とか。このあたりの小説ももちろんとても面白いので読み比べてみると良いと思いますが、それとはまた一味違う、「恋愛小説の王道の一冊」というべき作品がこの『愛の領分』なんじゃないかなと考えています。

亡くなってしまったのが本当に残念ですが、ぜひ藤田さんのことを思い出しながら読んでいただきたい一冊です。

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