「唇は語らずとも」
黒のタキシードに白の蝶ネクタイ。
伯爵役のプラシド・ドミンゴが
「唇を閉ざして」を歌い出す。
「メリー・ウィドウ・ワルツ」として
欧米はもちろん日本でも人気の曲。
ドミンゴの相手はオルガ・ペレチャッコ。
ローズピンクのロングドレスに身を包んだ
魅惑の未亡人役は、ドミンゴの求婚にも
つれない素振りで背中を向ける。
でもかつての恋人に心は惹かれてしまう。
フランツ・レハールの甘い調べ。
ドミンゴの朗々たるテノールは
「リッペンシュヴァイゲン」の
歌い出しから「高鳴る調べに」と
日本語も想記させられうっとりだ。
「言わねど知る恋心 思う人こそ君よ」
と歌い上げられれば、閉ざした唇も
伯爵の恋心が伝わりすっかりその気に
オルガのソプラノが美しく透き通る。
ふたりは手を取り、ワルツを踊る。
心は電流のように通じ合い、ダンス後、
最初のフレーズ、「高鳴る調べに」を
顔を見合わせ一緒に歌い上げるのだ。
ウイーンオペラハウスは興奮のるつぼ。
ああ、恋の歌とはなんといいものだろう。
僕はすぐに楽譜を入手し歌ってみる。
もちろんドミンゴのようにはいかない。
でもいつの日か、愛する人と一緒に
ワルツを踊り、歌ってみたい。
「リッペンシュヴァイゲン」を!