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さらば我が朋よ
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葦芽のごとくひろつ流れ海に芽生えし島国、あしかび国の農民、喜平が火砲兵となり、潮巡る太洋、ひろつ流れ海を渡り、大陸の東の大半を占める国、天の中つ国に上陸して2年の歳月が過ぎた。
齢40を超えて農民上がりの兵となった喜平は、2年の歳月の間に軍隊生活ともなじみ、火砲についても厳しい実弾演習や、いくたびかの実戦を経るなかで、我が身に火砲の威力を刻みこませた。
ことさら、喜平が刺激を受けたのは、20歳前後の疲れを知らない若い兵だ。「なにくそ、負けてはおれん」と己の負けん気を奮い立たせた。
今、喜平たちの火砲隊は、天の中つ国の山中を進軍していた。それも月明かりとてない真っ暗闇のなかを、である。
敵に見つかってはならぬと、灯もともせず、耳にはいってくるのは、兵と馬の息づかいばかり。行軍がいっとき休むとき、喜平は、闇の向こうをじっと見つめた。そこにぼおっと浮かんだのは、行軍がはじまるという2か月ほど前の作戦会議のある場面だった。
喜平が参加した作戦会議は、大陸の東の大国、天の中つ国の南端の都市、華港(かこう)と、その先にある華港島(かこうとう)を攻め落とすためのもので、喜平が属する火砲隊の主立った面々が集っていた。
華港と華港島は、hyutopos(ヒュトポス)の一国、HYUTOPIA(ヒュートピア)国が100年以上前に、天の中つ国に戦をしかけ自らの領地にしてしまった。
そもそもHYUTOPIA国が、華港の都市を手に入れようとしたのは、天の中つ国が産むきらめく糸の織物を手に入れるためであった。HYUTOPIA国は、それらの品々を得るために、天の中つ国の民たちに「阿片」を広めた。
阿片は芥子の実から産み出された粉で、一度それを吸引すると痛みや哀しみを忘れれられるばかりか、身も心もとろり、恍惚となる。その恍惚を味わってしまうともう阿片やめられない。民たちは阿片を手に入れるために寝食を忘れ、財を費やす。
まさにHYUTOPIA国の狙いはそこにあった。
HYUTOPIA国は、天の中つ国の民たちに阿片を売り、代わりに天の中つ国のきらめく糸をはじめ香り豊かな茶などの財を手に入れた。これら天の中つ国の財を己の国に運びだすための大切な拠点が華港であり、そして、先端にある華港島は、華港を護る重要な位置にあり、HYUTOPIA国は島全体を要塞に仕立てた。
海を見下ろす高台に、コンクリートづくりの砲台、「トーチカ」を無数に設け、そこから火砲を打ち放す。その護りの堅牢さは、だれもが落とすことができない、難攻不落と言われた。
あしかび国は、ひろつ流れ海の東の同朋として、天の中つ国をhyutoposの国々の手から解き放つ、そのためにあしかび国の王ノ王の兵として身を投じる、その大義を唱え、戦をはじめた。
ゆえに火砲の兵隊として天の中つ国に出向いた喜平にとって、華港作戦は、「待ちに待った」ものであった。
華港作戦で、まず華港の都市を攻め落とし、そのあと華港島に上陸し、島を占拠するという手はずが明らかにされた。して、その戦法は、あしかび国がもっとも得意とする「奇襲」であった。ひとの寝しずまる夜に身を潜め動き、突然襲うのだ。
山の上まで重い山砲を解体して担ぎ上げ、ぬかるんだ道なき道を人馬一体となり進む。これまで繰り返し繰り返し厳しい訓練を積み重ねてきたのも、このためだった。
今回の華港作戦は、歩兵隊、火砲隊、河に橋などを架ける工兵隊、さらに糧食や武器などを送りとどける輜重隊に加え、航空隊など、あらゆる部隊による総攻撃を行う。
「我ら山砲隊も、夜陰に乗じ、歩兵などの侵攻を助ける。その準備を怠りなく行うように」
火砲隊の隊長から作戦の注意点が、告げられた。
兵と物資を整え、手配する役目の野木喜平曹長は、己のなすべきことがらを細大漏らさず手帳に記した。
一 行軍は敵の目に触れぬよう夜間に行う。兵はつねに馬の横につき離れぬこと
一 軍馬に荷を搭載する際は、鞍として使用する毛布のしわを丁寧に延ばすこと
しわが原因で馬に鞍傷をつけることになる。もし軍馬が鞍傷で故障したときは兵が交替で山砲の部品を運ぶこと
一 前線は、補給が難しい。そのため各種器具はむやみに無くさぬよう、つねに員数の点検と報告を怠らぬこと
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この作戦会議から2か月間、華港島に向けた夜間行軍が続いた。行軍の間は糧食、武器、弾薬、そして人員や馬のいずれも補給はやさしくない。
今回は、それに加え、ほかの部隊と息を合わせなくてはならない。つまり一日たりとも遅れることはできぬのだ。そのために、目的地まで、失うものをいかに少なくするか、その責が喜平に負わされた。
夜のとばりがおりるとともに宿営地を発ち、次の宿営地まで向かう。行軍は、1日で最低で10km、多いときは20km近くに及んだ。
たまに舗装された道路を進んだが、行軍の多くは、ひとの目のつかない山のなか、森のなかを進み、丘を登り、谷を下った。
むろん兵たちは、手ぶらではない。
喜平たちの隊、火砲隊は山砲という大砲を分解して、それぞれの部位ごとに分け、馬で運ぶ。
人馬一体といわれるが、行軍はわずかの間の小休止と、ある程度まとまった大休止を繰り返しながら進む。小休止は、己といっしょに馬を休ませ、水を飲ませる。水場が、近くにあればいいが、無ければ探しにでかけ、探している間に小休止が終わる場合もある。
大休止は、馬から荷をいったん下ろし、馬をまず休ませる。人はなかなか休む間がないのだ。
行軍が進むうちに喜平には解せぬことがあった。
ここまでいくつも村を通った。が、ひとの気配を感じられなかったのだ。
収穫すべき麦などの作物が畑にうち捨てられ、家からは煙が立ち上っていない。あしかび国の進軍の噂が村から村に伝わり、ひとの気配を消しているのか?
「あとちょっとだ。さぁ、行くぞ」
休みが終わり、行軍再開だ。華港の都市まで残すところ約10キロまで進軍してきた。
「あと1晩進めば、いよいよ総攻撃だ」
身体は疲れてはいるが、気持ちは昂ぶっていた。
が、再開されてすぐに事故が起きた。2か月に渡る長期の行軍の疲れが出たのか、山砲の一部、砲架を積んだ馬が、谷へと転落したというのだ。
事故の報告は喜平にも伝えられた。
さいわい、兵に命の別状はなかった。
谷はそう深くないようだが、馬が砲架を積んだまま落ちたという。
砲架は、砲身を載せ、弾をこめるものだ。この一部が無いだけで、山砲の貴重なひとつが失われる。すぐに引き揚げなければならなかった。
落下した馬は……、天竜号であるという。
「おそらく助からないだろうな。万が一、命はあっても、骨は砕けているだろう」
喜平は、栗毛の身体に、鼻にひとすじの川の流れのような白い模様がある馬の姿を想いうかべた。が、いまは戦だ、と己に言い聞かせた。総攻撃が迫るなかで、遅らせるわけにいかない。
喜平は隊長と話し合い、対策を練った。兵のなかから馬と砲架を引き揚げる4名を選び、隊はそのまま目的地に向けて行軍する。
4名には、簡単な到着地点の位置を地図で示し、引き揚げた砲架を持って隊を追いかけてくる手はずとした。
兵の4名は、喜平と同じ年に隊にはいった年長の1名に、若い兵士3名が当てられた。
喜平は、4名に「頼む」とあとを託し、隊といっしょに行軍を続けた。
そして、まだ夜がそんなに更ける前に、隊は華港島を望む湖水のほとりに着くことができた。
湖水を望む到着地点は、あしかび国の歩兵部隊がいち早く奇襲をしかけ、喜平たちが着いたときにはすでに占拠が終わっていたのだ。
敵の攻撃をも覚悟していただけに、肩透かしをくらった感があったが、ひとまず「ほっ」と安堵し、荷をほどき、さっそく山砲の組み立てにかかる。あとは砲架が運ばれてくるのを待つだけだ。
攻撃目標の華港の都市はすぐそこにあった。街明かりが宝石のように散りばめられている。
「のんきなものだ」
明日は総攻撃の前ということもあり、兵たちは、眠った。
が、喜平ひとりは目覚めていた。
「兵員と物資を整える」という己の役目に忠実な喜平の性格もあったが、第一に苦楽をともにしてきた戦友が気になった。
「遅い、森のなかで道に迷ったか」
喜平はいても立ってもいられず、隊長に己を迎えに行かせてほしいと頼んだ。
隊長はすぐに了解。そればかりか「これに乗っていけ」と馬を喜平に与えてくれたのだ。
夜深いの闇が森の細い路をさらに暗くしていた。
冬の夜、ふくろうが、寂しげに鳴いている。
男ながら、ひとひとりいない森は、心細かった。獣なのか、いくつもの目が見ているようで、心細かい。
喜平は、慎重に常歩の速さで馬を馭した。
頭上は、木々の枝がさえぎり、星も見えない。そのときであった。目の前に小さな光が現れ、ぼおっと前を照らしてくれた。
「おお、小さき神、ありがたい」
ことのはを風を伝える、ほのほつみであった。
ほのほつみの導きで、しばらくいくと森を抜けた。そして、坂をくだったところで、4人を見つけた。うち3人が砲架を担いでいる。が、馬は、天竜号はいなかった。
「よかった、無事だったか。これで全員そろった。ほんとよかった」
喜平はすぐに下馬し、4人と肩を抱き合い、涙した。
「野木曹長、わざわざ迎えてきてくださったのですか」
「蹄の音が聞こえたときは心強かったです」
「野木、かたじけないな。ただ、馬はだめだった。たしか野木が、同郷と心砕いていた馬だったと思うが、名は……」
「天竜号だ」
「谷底に砲架といっしょに落ち、すでにこと切れていました」
「うむ、仕方ない」
「せめてもと、穴をほり、埋めてはきたが」
「ありがとう、天竜号も分かってくれるさ。それよりもお前たちが無事であることが一番だ。なにより火砲がこれですべて揃う。ありがとう」
天竜号、許せよと喜平は心のなかで祈った。
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【馬哀歌】
どうしてそんなに瞳が大きの
まんまるななかに いろんなものが映ってる
わたしの顔 宙までも
どこまでもどこまでも
深いブルーに沈んでゆく
どうしてそんなに哀しい瞳なの
まっくらななかに わたしが沈んでゆく
ひとの世の愚かさも 罪さえも
みんなみんな なにもかも
深い 深いブルーに溶けてゆく
ねぇ 大きな瞳にすべてを映して
光も闇も 愛も憎しみも
ひとの世の愚かさも 罪さえも
そして すべてを消し去って
・叙事詩ほのほつみ の物語のあらましは、こちら