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神の手荒いお出迎え
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葦芽のごとく潮巡る太洋に芽生えし島国、あしかび国の兵士を乗せた船は、船団を組み、互いにつかずはなれず距離を保ちながら、「ひろつ流れ海」と呼ばれる大海原を、大陸に向かい航海を続けている。
船団の前後をすばしこく、あめんぼうのように護衛船が動き回り、いつ現れるか分からぬ敵の攻撃に目を配っていた。
たとえばまるで鮫のように背びれを水面に出し襲ってくる爆弾、魚雷。
魚雷は、水底を深く航行してくる潜水艦によって発射されるのだが、そやつは気配を消して潜んでいる。
あしかび国の国の護衛船は、その動きを注意深く見張っていた。
どうも船は大陸の、しかも南の方にに向かっていいるようだと、兵士たちはうすうす感じていた。が、どこに向かうのか、いったいいつ着くのか、見当がつかない。
兵士たちが向かっているのは大陸の大国、そう仮に「天の中つ国」と呼んでおこう。
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あしかび国は、これまで天の中つ国より多くのものを学び、とりいれてきた。
文字というものをもたなかったあしかびの国人は、天の中つ国より文字を学んだ。学んでみれば、これほど便利なものはなく、文字を使って自国の歴史や歌を次々と記した。
また、天と地、日と月の運行からこの世の全体を陰と陽とでとらえる優れた思想はあしかびの国人の営みや生き方の隅々にまで染み込んでいた。
あしかび国は、その巨大な大陸の天の中つ国と、戦をはじめたのだ。
兵士の多くは、国から戦う大義を聞かされた。そのことで自分たちが「よし勇ましく戦おう」と覚悟はできた。が、ふとしたときにおのが身を見つめる。と、その刹那、「にしてもなぜ我なのか」と一抹の不安がわき起こる。まして、これから戦う相手が告げられないことが、不安をいっそう大きくした。
早いひろつ流れ海の潮に逆らい、いくつもの島から島を通りすぎ、船は2日ばかりも行っただろうか。
島とは明らかに大きさの違う黒々とした陸が見え始めた。
「おっ、大陸が見えたぞ。やはり天の中つ国だったか」
やっと着く、と兵士らは安堵したが、船はなかなか接岸しない。船は大陸にそって南下を続けていく。
兵士たちの船は戦用のそれでなく、商いの船を改造したらしく、なるべく一度に大勢を運べるよう、船室に備えつけられたベッドをさらに細かく仕切り、兵士たちはそこへ押し込められた。
船には兵士だけでなく、馬たちもいっしょだった。船底の荷物をいれる大きな部屋で、馬たちは、乾燥させた麦を食み、おとなしかった。馬の面倒をみる兵士が、寝床となる干し草をやり、身体をぬぐい、世話にあたっていた。
約20年ぶりに大陸に渡る喜平は、船室の小さな窓からこれから上陸する大陸のことを想っていた。
「あのときの我はまだ結婚前で、若かった。あれから妻をもち、子どもが生まれ、家庭をもった。以前は大地が凍る大陸の北だったが、今度は、どうも大陸の南の方らしいな」
喜平が語るともなくひとりごちていると、同室の兵士が話しはじめた。
「おれの家では蚕を飼っていたが、なんかこんな感じだったなぁ……」
喜平と同じく農民から出た兵士がつぶやいた。
「たしかに」と喜平はうなづいた。
うまいたとえだった。
船室のベッドを、上下の間をさらに幾段にも分け、ずらり並べた仕切りは、きらきら糸を吐く虫、蚕を養う棚のようだ。そこに足を折り曲げ、虫が背をまるめて折り重なって寝ている。我の姿は、まさに蚕のようだ。
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3日目の朝、兵士たちは甲板に集められた。不安な兵士たちの胸のうちを探るように、隊長がいった。
「われわれは、この戦で、天の中つ国の南の町に上陸する。
そこで、まずは火砲の訓練を行い、万全を期した上で、作戦を実行する」
初めて明かされた命令に、兵士たちは、「やはり」と思った。そして、昂ぶりを抑えられなかった。
「おっ~」と拳を突き上げ、雄叫びを一斉にあげた。
その日の夜、船を嵐が襲った。
天と地がひっくり返るような風と雨が船を襲った。5000トンを超える大きな船が、木の葉のように、いともたやすく波にもてあそばれた。
戦をはじめるまえに、ここで終わりか。兵士のだれもが恐怖に震え、神の名を口にし、祈った。
ことのはを風に伝える神、ほのほつみは、馬の敷き藁に潜んでいた。
馬たちが、嵐におびえ、その不安を身体で表しはじめていた。
いななくもの、脚で船底をどすんどすんたたくもの、腹に痛みをうったえ倒れるもの……。そんな馬たちの様子を見ながら、ほのほつみは、船を襲う雨や風にまぎれてある神の叫びをたしかに聞いた。その神とは、そう仮に「姚光子(ヨウコウシ)」と呼んでおこう。
船乗りから海をまもり、母と崇められ姚光子は、はじめ天の中つ国の民たちに信じられていた神だが、ひろつ流れ海を通じて神が伝わり、あしかび国にもその名が知られるようになった。
天の中つ国やあしかび国の船乗りたちは、姚光子を、船の護り神、つまり「船玉」としてに己が乗る船に祀っていた。
航乗りは潮や風の流れをよむことは当然だが、長い経験を積んだとはいえいつも思いの通りにいかない、いつ何時、あてがはずれるか知れない。否、その方が日常茶飯と言える。だからこそ、我を嵐に遭わせぬよう、また遭ったときはまもってくれるよう船乗りたちは姚光子に祈った。
「おやおや、あれは姚光子さんだな! かなりお怒りのようだ……」
小さな小さな神、ほのほつみは、潮と風の母なる姚光子の怒りの遠吠えを聞き、その怒りの矛先がどこにあるか、ことのはを風に運ぶほのほつみは、ある一事に思いいたった。
ひろつ流れ海の導き神、姚光子の周りには天の差配でともに動く遣い手がいた。そのひとりが竜児(リュウジ)だ。河にすみ、河よりたちぼのる竜児は、さまざまに化身する。ときにその姿は、蛇になる。
「きっと、姚光子さんはあのとき、喜平が殺めた蝮にお怒りなのだ! あの蝮は、ほかのと違い、竜児(リュウジ)の遣い手だったのだから。いま、喜平を乗せた船が、ご自分がお生まれになった天の中つ国に入るにあたり、あの日、あの場所で殺めた業にお怒りにちがない」
【かなしき唄】
青い青い浪のくずれる 白い白い光あふれる
あなたの手より水のこぼれる 私の髪より息のこぼれる
ひとつとなって生まれる泉
黒い黒い鳥のついばむ 赤い赤い花の舞い散る
あなたの手より花のこぼれる 私の指より蘂のこぼれる
ひとつとなって生まれる果実
流れ流れて河の生まれる
遠く遠く海のかなたへ
かなしき唄の生まれてはるか
母の胸へと抱かれ 消ゆる
・叙事詩ほのほつみ の物語のあらましは、こちら