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よし、全員合格だ

大陸の東の大国、天の中つ国にいる、あしかび国の軍の一団は、軍本部が予想していたより早く華港島かこうとう作戦を終えた。それは、運良く描いた通りに作戦が進んだこともあったが、葦芽のごとくひろつ流れ海に芽生えし島国、あしかび国の軍隊が得意とする「ひとが眠る夜にとつぜん動き、おそう」、「王ノ王のため命を捧げ、団結する」ことのたまものといっていい。そして、いくさが一段落し、ほっとするいとまもなく、隊本部からは、新たな作戦のためさらに南へ征くことが告げられた。それは、正月が過ぎて早々であったが、「王ノ王がべる軍本部の命令は、すなわち王ノ王みずかの声であり、なおざりにできぬ」のもまた、あしかび国ならではであった。

あしかび国をはじめ天の中つ国など大陸の東に位置する国々を、長年にわたりhyutopos(ヒュトポス)が属国としてきたことから解放する、そしてもともと大陸の東にある国々でともに栄えようという「大義」で始められたあしかび国の戦争は、昨年、天の中つ国華港島かこうとうhyutoposの一国、HYUTOPIA国との戦に勝利し、あしかび国の狙いとおりの結果となった。さらに、時おなじくして、あしかび国の東、うしお流れるひろつ流れ海に浮かぶhyutoposの島にあしかび国の船団が奇襲をしかけ、勝利を納めた。これらのことで、気を良くしたあしかび国は、さらに戦線を広げん、と意気盛んであった。

喜平あしかび国を立ち、異国の地におもむいて4度目の正月を迎えることとなった。華港島かこうとうを攻め落とし、「ひょっとしたら帰国か」という喜平の淡い望みは、「さらに南へ」と告げられ、無残にも露と消えた。「やはり」と観念した喜平であった。

南へく上で、喜平の役目で大きな変化は、兵器の火砲を運ぶのが「馬」でなく、「自動車」になったことだった。

あしかび国は、国内で石油がほぼ採れない。船で南下するにしろ、飛行機を飛ばすにしろ、それらは石油という燃料があってはじめて可能となる。
そもそも石油は、この世を創った一つ神を信じる民たちの国々、hyutopos(ヒュトポス)が、その属国とした国の地中から掘り出し、世に広めた。それらは、いずれもhyutoposの潤沢な資金で作られた石油精製施設で製品となる。それら利権をhyutoposが押さえていた。

最近の喜平は、としのせいかどうも理屈っぽくなった。
昨年のあしかび国が展開したいくさの報復として、hyutoposは、あしかび国に対し、石油の取引ができないようにした。この状況で、
「馬でなく、なぜ石油を燃料とする自動車隊なのか?」
そんな疑念が喜平の胸のうちで鎌首をもたげる。
と同時に我に返り、「どうせおれは農民のせがれだ」と、いつも通り、余計な雑念を忘れることにしていた。

これもまた昨年のできごとであったが、あしかび国hyutopos(ヒュトポス)の一部の国と同盟を誓い合い、ともに闘うこととなった。その国のひとつ、そう仮にいまはその国をDoiche(ドイチェ)と呼んでおくが、そのDoicheはひとりのおさの下に絶大なる力を集め、民をあげていくさを拡大していた。ただ、それはhyutoposの国々がもともと理念として掲げる「自由」とはほど遠いもので、あるひとつの民をこの世から消し去ることを告げ、そのことでDoicheの民の士気を高めてた。
やはりひとりの軍人政治家が国全体の政治のすべてを我が手に治めることとなったあしかび国おさとは「馬が合う」ことなり、Doicheあしかび国、さらにもう大陸の西にある一国との間で三国同盟を結んだのだ。

「だれか自動車の運転手になってやろうという者はいないのか!?」
兵たちを前に、喜平は南に進軍するにあたり、編成される「自動車隊」の説明を兵たちのまえでし、運転手を募っていた。

自動車は、あしかび国では、まだだれもが操れる身近な乗物ではなかった。
バスや乗り合いとよばれるやや大型の自動車を皆で分かちあいながら利用していた。そもそもは、これもhyutoposで研究開発された自動燃焼機関、エンジンを搭載した乗物として実用化した。そのひとつが自動車だったが、hyutopoのなかでも新大陸と言われる広大な国土を有するAMERIGO(アメリゴ)国でとくにひろまった。

この戦の前は、あしかび国にもAMERIGO国の自動車を製造する会社がようやくできたが、国土が山がちで、平野が少ないあしかび国で、自動車は個人で所有するにはよほどの資産家ならいざ知らず、喜平のような農民にとっては、想像すらできないことだった。

かような状況で、運転できる者は圧倒的に足りぬ。喜平がそうであるように、兵の多くは、けっして裕福な家の出ではない。
「馬ならまかせろ」という者はあっても、「自動車の運転ならおれに」と名乗りを上げる者は少なかった。しかも、自動車は、あしかび国の会社がようやく「国産」をという国の号令の下に造られたばかりだ。

hyutoposと闘うというのに、なぜhyutoposの自動車なんだ?」
声にこそ出さないが、兵たちのにやにや顔はそう語っていた。
「われこそはという者はいないのか? 自動車という未知ではあるが、これからの時代を担う乗物の運転を身に付ける良い機会だぞ」
なかなか名乗りでないことでしびれを切らし、喜平は若い初年兵に狙いを絞り、目配せした。
「おい、どうする?」「おまえがやればよいだろう?」「いやおまえこそ」
ことばにしないが、初年兵たちはそんなことを目でやりとりしている。
喜平は待った。そして、ころあいをみてある男と目をわせ、にやりと微笑んだ。
「はい、自分で良ければ……」
自信なさげに、川村という兵が手をあげた。
「おっ、そうか、川村やってくれるか。ほかには?」
川村に続いて、じゃあおれもと次々と手があがった。まさに芋づるだ。

喜平が扱う火砲は、戦場で持ち運びがしやすい比較的小型で、機動性にすぐれた山砲とよばれるものだ。
先端のたまを撃ち出す砲身ほうしん、それを支えたまを込める砲架ほうかと、それらを載せる砲台ほうだいや車輪などいくつかの部からなる。それぞれの重さは、数10Kgキログラムから重い部で100kgを超える。これまでは、いざ戦場で運ぶには、それらを解体し、これまでは馬や兵自らで運んでいた。
今度からそれを解体せずに、自動車の荷台に据え付けて運ぶ。このことで敵を逃さず、自動車から直接弾を発射できる。かなり素早く動き、てるのだ。が、そのためには運転する者、火砲を扱う者、それらに指示を出すものと馬とは違った役割が求められる。とくに運手の技術は、多くの兵にとって未知のことだった。
ただ船出まで残された時間はあまりない。2週間後には、華港の近くの港から出航することとなっていた。

「では、明日、自動車運転の試験を行う。名乗りでた者は、明日の朝8時に広場に集合すること。良いな」
喜平は「やれやれ」と胸をなでおろし、解散を告げた。

翌朝、さっそく試験が始まった。無論はなから、よほど未熟でなければ「合格」を出す算段でいた喜平であった。
自動車はhyutopos(ヒュトポス)AMERIGO(アメリゴ)国製、屋根のないオープンタイプで、工兵隊がわずかの間に器用に火砲用に造り換えていた。
試験は、実際の戦場いくさばを想定し、あえて舗装されていない道を走る。
車体は、兵が運転に不慣れということもあるが、悪路を上に下によくはずんだ。クラッチ、アクセル、ブレーキとややぎこちないが、なんとか乗りこなすことができた。

「よし、全員合格だ」
喜平が、運転手に名のりを上げた兵たちに告げた。
こうして、南へくことができる。

南の国、そう仮に「森繁るヒンジャブ国」としよう、それはあしかび国と同じく数多くの大小の島々からなる国だが、あしかび国と違うのは、多くの雨が降り、国全体が豊かな森に覆われているということだった。そして、異なる多くの民たちの連合体ということも、あしかび国とは違った。そのヒンジャブ国への進軍が始まる。
「この色鮮やかな色に慣れぬ」と思っていたが、3年半という歳月を過ごした天の中つ国を離れることになるのかと思うと、喜平は一抹いちまつの寂しさを覚えた。
1月、天の中つ国の空は、すっきり晴れていた。目の前には、すでに春を告げる赤い花。その花が、空に向かって花弁を開こうとしていた、その刹那せつな、舞い上がったのは、ことのはを風に伝える神、ほのほつみであった。

【草枕】
そういえば 餓鬼がきのころ 親父おやじがよく言ってたっけ
酔っ払って おれを膝の上に乗っけてね
かわいいには旅をさせよって
おれの顔に髭面ひげづらをこすりつけて
痛いったらありゃしねぇ

にしてもよ
舟は浮きもの流れもの なんてよく言ったもんだね
この旅どこまでゆくのやら
三途さんずの川の渡しまでってか
死出の旅路の近道を 夢にも知らでひとり旅 とも言うな
よせやい まだ死にたくねぇやな

待てば海路の日和ひよりあり
しおもかないぬ いざ|漕ぎいでな
潜水艦うようよしているあの海へ だね
おお こわっ
南無阿弥陀仏なむあみだぶつ 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ 南無南無なむなむ

・叙事詩ほのほつみ の物語のあらましは、こちら


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