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ひろつ流れ海の導き神のもとへ

大陸の東の大国、天の中つ国の南にある都市まち、そう仮に「華港かこう」と呼んでおこう。
河が、竜のように山から平野を曲がりうねりながら海に流れでたところにある都市、華港は、ひろつ流れ海のうしおが多くのものとひとをここに運ばせ、そのもので財をなしたひとが集まり、暮らし、栄えてきた。
天の中つ国のもっとも南に位置する華港だが、そこは都市をいだくように湾が広がり、湾の中には、いくつもの島が浮かぶ、なかでもっとも大きな島は、華港島かこうとうと呼ばれた。
華港島は、神々の祝祭のしるしとして島全体が赤い色にあふれていた。「華やぎ香る」と名づけられたゆえんである。華港島を沿岸にはさまざまな民たちが広く遠くから集まっていた。ときに民たちは、思い思いに敬い慕う神々のびょうを建てた。ときに民たちは営みのなかでいさかったが、互いの神々の廟だけは壊すことがなかった。

この神々のびょうのひとつに、ひろつ流れ海の導き神、姚光子(ヨウコウシ)の廟がある。
姚光子は、大陸を取り巻き流れる潮、ひろつ流れ海の東から南にかけて船のりたちに、航海を無事に乗り切れますようにと広く信じられてきた。船の大小にかかわらず、かじのある近くに、姚光子の姿を映した絵や人形ひとかたをそっとまつっていた。
姚光子は、もちろん、大陸の東、ひろつ流れ海のうしお取り巻く島国、あしかび国にも広く伝わっている。あしかび国では、姚光子は別の名で呼ばれたが、船乗りとして信じるところは、良き潮と風をよこし、我が船の進む路を示すように、そして万が一嵐に遭ったときは船を護ってくださるようにというもので、同じだった。

天の中つ国の南の都市、華港かこうで、満ちた月を祝う秋の祭が終わると、夜はさすがに薄物一枚では肌寒くなってくる。
船の行き来も絶えた真夜中、華港の島の小さな入り江に祀られている姚光子廟ようこうしびょうに明かりがともっていた。廟の奥の祭壇には、民が捧げた魚や貝、さらに姚光子を讃える飾りものであふれていたが、夜も深く、さすがに人影はない。そこを、ことのはを風に伝える神、ほのほつみおとなった。

天の中つ国の南の都市、華港かこうで、満ちた月を祝う秋の祭が終わると、夜はさすがに薄物一枚では肌寒くなってくる。
船の行き来も絶えた真夜中、華港の島の小さな入り江に祀られている姚光子廟ようこうしびょうに明かりがともっていた。廟の奥の祭壇には、民が捧げた魚や貝、さらに姚光子を讃える飾りものであふれていたが、夜も深く、さすがに人影はない。そこを、ことのはを風に伝える神、ほのほつみおとなった。

「ひろつ流れ海の導き神、姚光子さん、お目覚めでしょうか?」
うつむき加減の姚光子の像は語らない。が、ほのほつみの投げかけたことばに応えるかのように、堂内の灯りがぼおっと強まった。
「眠りを覚ますのはだれだ?」
「わたし、ほのほつみです」
「おう、ことのはを風に伝える神であったか。久しいな。たしか、あしかび国のはるか南の小島の祭であって以来かな?」
「はい、あれはまだひとのいさかいいでも、せいぜい手に持つ刃物で互いを傷付けあうくらいで、一度に多くのひとを殺めるまではいかなかったころです」
「そうだったな、話し合い、互いの神をたたえ、手をうつことで、戦を納める手立てを擁していたな」
「そもそもはひととしてお生まれになり、ひとびとを海の災厄さいやくから救ったことで神へと祀りあげられた姚光子さんだからこそ、近頃のひとの振る舞いは目にあまものがあるのではないでしょうか?」
「困ったものだな。いまは神を恐れず、一度に多くの民をあやめる兵器を編み出した。で、そなたがこんな南まで飛んできたのはどうしたわけかな?」
「はい、あしかび国で眠っておりましたところ、ある農民に目覚めさせられ、その農民が兵となって天の中つ国にまで渡ってきたのです。その兵士は、まだ農民のころ、蝮獲まむしとりと村のものからいわれるほどで、蛇のなかでも毒をもちすばしこいとひとから恐れられている蛇を獲るのがうまかったのです」
「なるほどな。その話なら少しは聞いている。あしかび国からやってきて廟のひさしに巣をこしらえたつばめたちの伝えるところでは、死すべき運命のひとでありながら、神の護り手の蛇を殺したために、かわいそうにそのもののややこがめしいいとなったよし」
「その農民が大砲をあやつる兵となって、天の中つ国に渡ってきているのです」
「うむ」
「で、間もなく、あしかび国の軍が、この華港を攻めます」
「悲しいのう。ひろつ流れ海をつたって同じ信仰を持つもの同志、攻めるといってそれほどおおきな破壊はせぬだろう」
「はい、あしかび国の王に率いられた軍隊の目指す相手は、表向きはhyutopos(ヒュトポス)の作った基地です。」
「100年以上の長きにわたり、華港はhyutoposの属国となってるからな。そこをあしかび国が攻め、解き放つなら悪い話でない」
「ただ……」
「ただ、なんだ?」
「わたしも、その兵士の後をおってここ2年近く来たのですが、あしかび国の軍隊は天の中つ国の民たちへもこれまでに攻撃を加え、多くの天の中つ国の民を殺めてきたのです」
「知っている。近頃では、山と河の護り神、竜子リュウジさまの眠りし塔を破壊し、眠りを覚ましてしまった。その災いもあしかび国の兵達に及ぶことだろう」
姚光子さんの廟は、数多あまたあり、あしかび国でも信じられていますから、いささかなりとも傷付けることはないとは思いますが」
「おまえと同じく、神といっても、わたしたちにはけっして天の運行、ひとの定めまでを差配さはいするような力はない。静かに見守るほかないな」
「その通りでございます。わたしは風にのり、天駆ける神。姚光子さんは、うしおにのり、ひろつ流れ海を馳せる神、ですからね」
ふたつの神は、ひとばん語り合うた。
闇がいつのまに破れ、おおいなる日の神、天の日のひみこが姚光子の廟を照らした。
「朝があけたようだ、一夜楽しかったよ」
「こちらこそ、すっかり眠りを妨げてしまいました。これでおいとまします」
「また会おう」
「はい」
ことのはを風に伝える神、ほのほつみは、風にのって姚光子の廟を飛び立った。

【姚光子の唄】
ねぇ ママ 丘の高みからなにが見えるの
 そうね 光かがやくまちが見えるわ
 家々からあふれだす 何千 何万の光
 しづかに ゆらめく ひとりひとりの夢
 どこまでも どこまでも深く 果てない暗がり

ねぇ ママ 闇のなかで鳴っているのはなに
 あれはね 神をたたえる叫びよ
 竜の眠りを覚ます 爆竹 銅鑼どら
 強く低く しぼり出された ひとりひとりの祈り
 いくえにも いくえにも 重なり響く 海鳴り

ねぇ ママもお祭にいったことあるの
 いったわ 遠い遠いはるか昔のことよ
 真っ赤な衣裳を身にまとい 華の冠を頭にのせてね
 ぼんぼりを灯した舟にのって
 暗い海へとこぎ出したの

ねぇ ママ 戦が始まるってほんと
ママ ねぇ もう寝てしまったの

・叙事詩ほのほつみ の物語のあらましは、こちら

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