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神宿る鳥よ舞い上がれ
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「虎」と異名をとる将軍が、大陸から陸続きの半島を破竹の勢いで突き進み、半島の先端にある都市を攻め落した。その日は、葦芽のごとくひろつ流れ海に芽生えし島国、あしかび国が建国と定めた祝いの日でもあり、兵たちはもちろん、あしかび国の民たちにも広く戦果は伝えられ、国内は歓喜に酔いしれた。
が、いまし半島の波穏やかな湾で、「いざ攻めん」とじっと待っていたのが、あしかび国の軍隊の船団である。時を得て、船団は一路、森繁るヒンジャブ国へと一斉に向かった。
あしかび国の喜平たちの軍隊は、軍本部の立てた作戦に従っていくつかの部隊にわかれ、まずは数々の島からなるヒンジャブ国の島のなかで北に位置する北の大島に上陸、そこにある油田を我が物にすることが命じられた。
そもそも、森繁るヒンジャブ国は、300年近くにわたりhyutopos(ヒュトポス)のとある国、そう仮にORANGA(オランガ)国と呼ぶが、そのORANGA国の属国となっていた。
もともと森繁るヒンジャブ国は、石油をはじめ、ゴムの木から採れるゴムなど自然の恵みが豊かであった。しかしその恵みがもたらす富の多くは、ヒンジャブ国を属国としたORANGA国がひとり占めていた。
ヒンジャブ国とあしかび国が、肌の色が似た同朋として、hyutoposの手からヒンジャブ国を解放すること、それをあしかび国は戦の大義としていた。
hyutoposの属国にある大陸の東の民たち、すなわち我が同朋を解放するのはあしかび国の王ノ王の役目である。それは、すなわちいにしえよりあしかび国を統べてきたこの王ノ王の兵たちの使命でもある
この大義こそが、あしかび国の男子を奮い立たせ、その行い、いや生き方すら呪縛した。
が、ほんとうのところは、少し違う。
昨年、あしかび国はhyutoposに戦を仕掛けた。そのことで、hyutoposはあしかび国に対し石油を輸出することを禁じ、あしかび国に石油がほとんど入ってこなくなった。
石油は戦を続けるために必要欠くべからざる資源であり、入ってこないのであれば自ら動き油田を手にいれるまで、と戦を拡大した。つまり、石油を手に入れることが戦の真の意味といってもよかった。
あしかび国の部隊の作戦は、ヒンジャブ国の北の大島に近づき、上陸用の船で川をさかのぼっていき、油田近くで上陸する手はずだ。
喜平の火砲隊が乗った船は、一団となって北の大島の東にある湾に集結していた。船の上を、飛行機の一群がけたたましく通りすぎていく。
「がんばれよ!」
甲板の上から兵たちは、一様に過ぎゆく飛行機に帽子を振り声援を送る。
喜平も帽を振りながら、「田を飛ぶ蜻蛉のようだ」と思った。収穫を終えたさばさばした田を舞う蜻蛉の群。ことしもなんとか稔りを向かえられたな、そんな安堵の時季だ。
飛行機は、喜平たちの上陸をたすけるため、空から舞い降りる奇襲部隊を乗せていた。
あしかび国にとって、空から舞り降り奇襲を仕掛ける「落下傘部隊」は新たな試みだった。賭といってもいい。なぜなら落下傘で地上に降りることは、大きな危険をともなうからだ。
落下傘で空から降りている間は、こちらからはなんら攻撃ができない。それどころか、徒手空拳の状態で、さあ撃てと敵に身をさらすことになる。捨て身の戦法だ。
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飛行機の一群が過ぎ去った空を一羽の大きな鳥が舞っていた。鳥は、喜平の乗った船の上を大きな孤を描きながら、羽根を大きくひろげゆうゆうと舞っている。
「なんだろうあの鳥は? あまり見ない鳥だが?」
鳥は長い尾羽をもち、その尾羽が陽をうけて輝く。そう、それはいまが戦時であることを忘れさせてくれる美しさであった。
甲板にいた兵たちが鳥にうっとりし、あれはこれからの戦の吉兆を告げるためにやってきたのではないか、などとささやきおうている。
しかし、喜平は確かにある声を聞いた。それは小さき神、ことのはを風に伝える、ほのほつみの声を。
「喜平さん、まだまだ戦は続く。でも、私はおまえと一緒だ。この輝ける神宿る鳥は、ヒンジャブ国の民たちが信じる神を乗せ飛翔する鳥なんだ。私はこの輝ける神宿る鳥に乗せてもらっておまえについていく。いいかい、勝ちに傲るなかれ、己の弱さこそ知るときだ。おまえの蛇の呪いはまだ解けていない、それを肝に銘じるんだ」
その声が終わると大きな鳥はさっていった。
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さて、ヒンジャブ国への油田攻撃は、まずあしかび国の空からの奇襲部隊の兵士たちから始まった。
だが、ORANGA国をはじめとしたhyutoposの連合軍が、まさか空から兵が降ってくるとは想像すらしていなかったことが幸いした。つまり虚をつかれたのだ。
飛行機から落下傘を背負った約400名の兵士が次から次へと降下する。
兵たちが降下地点としてもくろんだのは、海に注ぐ大きな川の河口の飛行場と精油所であった。
兵たちは、飛行機から次々と降下すると、ぱっと落下傘を開き、舞い降りる。手投げの小型爆弾と銃、そしてわずかな食糧とを背負った兵たちは、無事着地するや3人ひと組みとなり、飛行場にいたORANGA国の兵に襲いかかった。
空からの奇襲攻撃に対し手薄となったところに、あしかび国の本体ともいえる歩兵隊、火砲隊が続いた。
「いまだ」
あしかび国の部隊数千の兵を乗せた船団が、まず川を遡り、上陸用の船で、次々とヒンジャブ国の北の大島に上陸する。
火砲を自動車に積んだ喜平たちの火砲部隊の姿もあった。
が、あしかび国の火砲隊がヒンジャブ国の島に上陸したとき、すでに油田は真っ黒な煙を立ちあげていた。
油田を護るhyutoposの連合軍があしかび国に油田を渡すくらいならと、逃げ出す際に火を放った。それだけでない。
石油をくみ上げる井戸に、スパナなどの金属が投げ込まれ、ときにコンクリートが入れられ、油田を使えなくしてしまった。
この時点でこの戦は勝敗が決していた。
この様を空からうかがっていたのが、ことのはを風に伝える神、ほのほつみであった。森繁るヒンジャブ国の輝ける神宿る鳥の首をつかみ、地上の様子を見ていた。
その様は、白き水母漂う大海原を、小さな小さなひとという黒い生き物が右往左往している。
「蟻のようだ」。
しかし、蟻と違うのは、地上でひとは互いに討ち合い、必死となって互いを殺めていたこ。
「なんと憐れな!」
黒い煙が空一面を覆いつくし、昼だというのに陽は煙に隠され、地上はうすぐらくなっていた。燃えさかる石油のなんともいえぬ鼻をつく臭いがあたりに漂っていた。
喜平に着き従い、これまで何度もひとの戦う様を見続けてきた、ことのはを風に伝える小さき神、ほのほつみが目にしたのは、天の中つ国で見たのとは違い、荒涼すさまじき光景であった。
輝ける神宿る鳥が、どこまで昇っても襲いくる黒煙を避けるためくちばしを羽根で覆う。飛んでいる最中である。神宿るとはいえ、羽根がなければ飛べぬ。鳥は真っ逆さま、地上に墜落していく。ほのほつみは、輝ける神宿る鳥にしがみつき、告げた。
「あそこに、森がある。椰子の木の先だよ、見えるかい。あそこだ」
輝ける神宿る鳥は、危うく難を逃れ、黒き森に舞い降りた。
そこは、ORANGA国の者の営むゴム園であった。
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【鳥見*】
鷹が暁の空に舞う
目いっぱい翼広げて
大きく孤を描く
ぎろ と頸を傾ける
鳥見はいう
あれは神の遣いだ と
吉兆か はたまた
禍禍しき報せか
陽が中天にさしかかったころ
鷹は羽根をすぼめ急降下
爪にはっしと獲物が攫われていた
天晴れ と予言者は言い放った
鷹の仕留めたのは
鳥見の頸であった
ぱたんと神の手帖が閉じられた
こうして一日が無事終わった
*鳥見:いにしえ、鳥の翔ぶ様からひとの行く末を占うことをしていた者
・叙事詩ほのほつみ の物語のあらましは、こちら