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今、竜が目覚める
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大陸の東、はるけき天の中つ国、その南は冬でも暖かい。
年越しといえば、まだまだ寒く雪に埋もれることもある、葦芽のごとくひろつ流れ海に芽生えし島国、あしかび国と違い、大陸の東の大国、天の中つ国の南は正月を過ぎればすでに春をつげる花が競って風に舞う。彩りを散らす花に紛れ、ことのはを風に伝える神、ほのほつみは、花に酔っていた。身を花色に染めながら、これから草原で繰り広げられようとしている兵士の動きをじっとみつめている。
いま、天の中つ国の山中で、喜平たち軍の火砲演習が行われようとしているのだ。
火砲とひとことで言うが、広い野で主に用いる野砲、険しい山地で用いる山砲と場所ごとに使い分ける。
野砲は、遠くまで弾を撃つことができ、台車に据え付け馬で運んでいけるが、山砲に比べ重く大きい。
それに対し、山砲のずうたいは野砲に比べ小さいが、いくつかに解体し、各部ごとに分けて運ぶことができ、撃つ場所も、山の頂や小高い丘の上など狭い場所でも撃つことができる。山砲は機動性に優れ、神出鬼没の作戦に適している。喜平の隊が扱うのはこの山砲であった。
喜平が隊長から命令された天の中つ国での火砲演習は、実戦と同じ想定で、食料や弾薬を持ち運びながら、約200名が一団となり、野外で寝泊まりしながら行軍し、進めていく。このときの行軍は、演習計画に従って10日ばかり続いた。天の中つ国の南を流れる大きな河を遡って、一日20㎞からときに30㎞は歩くこともあった。
演習前に、喜平をはじめ兵たちは、あらかじめ兵学校で理論と実践を学んできた。が、それは詰まるところ、机の上で頭で想い描いたことだ。泥にまみれたり、ときに雨に打たれながらということでない。まして、相手の弾が飛んでくることはない。そんな実戦を想定した演習は今回が初めてだった。しかも、兵隊には、はじめて兵士として招集された初年兵がいる。若く、はつらつとした兵を前に、喜平の士気もたかぶっていた。
初年兵と呼ばれる若者はいずれも、危ういほどの生気に満ちている。それは40歳をむかえる我は失ってしまったものだ。
初年兵たちは、ひとりびとりがきびきび動くが、ただそれだけでなかった。互いが己のみの役割に終わることなく、ときに助けが必要な者がいれば手助けする。互いが互いを補い合いながら、団結を強めていく。まるで地をはう蟻が、餌を探し、見つけると、ぶつかりあうことなく、動き、餌を解体し、それを巣まで運ぶ、その一連のきびきびした動きを初年兵は学ばずともできる。
「このひとりひとりの能力と団結が大きな力だ」。
行軍をしていくなかで喜平はそれを実感していった。
行軍は、隊全体を指揮する者に導かれ、山砲隊のほか、物資を運ぶ者、病気やけが人を助ける者などがいる。また、別行動ながら山砲と連携して歩兵部隊が無線などで連絡を取り合いながら動いている。それらを運ぶ路は、山や野の細い路であったり、ときに田の畦だったり、道なき道を進む。
兵士たちはひとりひとりが、己が生きるために必要なものを、ぶ厚い布製の袋、背嚢に詰め、それを各人が背負い、隊列を組んで進む。もちろん、敵に見られぬように、周りに目をこらしながら。
敵は兵の姿をしているとは限らなかった。天の中つ国の民、そう農民だったり商い人だったりにして、にらみを利かせていることもある。どこでいつ見られ、攻撃を受けるか知れぬので、四六時中気が抜けない。
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山砲を運ぶ輓馬のほかに、隊には荷を運ぶ馬、駄馬がいた。喜平は、この駄馬のなかに、自分と同郷の馬、天竜号ががいることを知っていた。
あるとき、天竜号と名づけられた茶色い毛色、栗毛の馬を間近に見た喜平は、「大きく優しい目をしているな」と親しい友に久しぶり出会ったように嬉しくなった。
天竜号をひく馭者は小柄で生真面目そうな兵で、こまめに熱心に馬の面倒をみているようだった。それは馬の毛並みに現れていた、そう天竜号の毛はほかの軍馬に比べいっそうつやつやしていた。
演習の行軍で、隊列はときどき休みを取る。
休みは兵だけでなく、馬も同じだ。馭者は、休みに馬にのませる水を汲みにいかねばならない。近くに湧いている水場があれば良いが、遠くにまでいかなければならないとそれだけで休みが終わってしまう。喜平の軍では人馬一体といわれてきたがが、言うほどに容易ではない。
全体を見守る立場にあった喜平が、天竜号の馭者だけを特別扱いすることはできない。が、心のなかで馭者のことを「良い働きだ」と目を細め見守っていた。
隊が目的地に着くと、いったん、部品を馬から下ろす。
下ろす場所は、たいがいは山の麓や丘の下あたりで、そこからは人海戦術で谷筋にそって上まで担いでいかねばらぬ。
山砲の部位は、たとえば砲身は約60㎏、車輪で1輪あたり約30㎏、揺架で約20㎏、砲架となると重く100㎏以上はある。車輪や揺架はたいがいは1人で担ぐことができるが、砲身や砲架は重いので、2人がかりで担ぐ。平坦な道でない、急な路を杖を頼りに、なるべく速く運ばねばならぬ。
見晴らしのよい場所まで運び上げると、部品を再度組み立てる。
そして、運んできた山砲を上まで担いで上がり、組み立てる。当然、今度は、解体して下りる。この単純だが骨の折れる作業を何度となく繰り返した。
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疲れきった身体がそろそろ限界に近づきつつある行軍の最後の日、山砲の「実弾」を使った演習が行われた。
春だというのに、日中、兵は汗だくとなる。
汗をかいたと言って、たいがい演習中は風呂に入れない。
夜、露営地に着くと、沢などで水浴びするのがせいぜいだった。一日が終わると一団は、飯盒で飯を焚き、汗臭い疲れた身体をよこたえる……、そんな毎日を送ってきたのだ。
大陸の東の大国、天の中つ国の山中の小高い頂、兵たちが山砲の部品を肩にかついで運んできた。それを素早く組み立てる。
通信手が、離れたところの歩兵からの指示を無線で受けている。
「歩兵隊、準備完了とののことであります」
「そうか、了解した」
通信手が隊長に伝えた。
ここから2000mばかりのところに、歩兵隊が待機している。そこを超えて、さらに500mばかり遠くへ山砲を撃つ。火砲の援護で敵の陣地を破壊し、その後から歩兵が突進するという想定だ。
山砲の弾の目標地点に、白い塔が傾いて立っているのが双眼鏡で見ることができた。それは、天の中つ国のいにしえに、猛り狂った竜児(リュウジ)を封じ込めておくためのものだった。
「観測手、向こうの山の白い塔までの距離を測定せよ」
「白い塔までの距離3500」
「よし、そこに目標を定めよ」
「はい」
観測手からの砲の方向と角度が伝えられた。砲手が弾を込める。
「よし、撃て」
山砲の砲身が火を噴いた。
観測手が、目標の白い塔のあたりに煙があがったのを確かめた。煙が風に流されると、そこに塔は消えていた。
「よし、命中!」
一斉に安堵の声があがった。
喜平も、目標となった白い塔を双眼鏡で見ていた。
が、弾(たま)が命中したとき、そこから何かが立ち上り、鋭い目がこちらを睨んでいるように見えた。
「なんだ? あれは巨大な蛇? いや竜か?」
と気になったが、仲間たちの歓声が沸き起こると、双眼鏡から目を離し、一瞬の思いは消え去った。
そのときであった。喜平の頬を何かがちくりと刺した。
「いたっ!」
小さな虫を追い払おうと喜平は、頬を叩いたが、虫らしいものはいなかった。ことのはを風に伝える神、ほのほつみが、喜平のそばを離れ、空に舞い上がり、空に消えていった。まるで花の花粉があわく立ち上るように。
もうすぐ、天の中つ国の野に柳の穂絮、柳絮が舞う。
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【馬子唄-恋歌】
峠はきょうも雲のなか
そぼ降る雨に馬も濡れ
おれとあの娘の恋路の路も
行方わからぬ藪のなか
やれこらうんこらしょ
超えにゃあならぬ
いつかは晴れると思いのはるか
馬のたてがみひょいとつかみ
つれてっておくれよあの娘のもとへ
まだまだ見えぬ霧のなか
やれこらうんこらしょ
進まにゃあならぬ
思いは届くと下る坂路
焦っちゃならぬと手綱を引けば
重い荷物を減らしておくれ
馬よ辛かろこらえておくれ
やれこらうんこらしょ
生きにゃあならぬ
・叙事詩ほのほつみ の物語のあらましは、こちら