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さらなる悲劇の予兆
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あしかび国の火砲兵、喜平がラボーレ島の森に永久(とわ)の樹の種子を蒔いて1年が経った。
その種子は、戦に赴いた喜平を遠くから見守るために付いてきた、ことのはを風に伝える神、ほのほつみが授けしもの。
王ノ王の治めるあしかび国のためにと臨んだ戦に明け暮れる日々のなか、喜平は戦場でばったりであった幼なじみの金治が戦場で玉砕をとげ、自らも潮巡る太洋、ひろつ流れ海を漂流した。
「己はなんのために戦っているのか」と自暴自棄に陥ったとき、一縷の望みとして種子を蒔いたのだった。
永久の樹は、種子を蒔いてから芽はすぐに生え、一雨ごとに育った。
芽の傍らから出た双葉から新たな葉が生えてきた。驚くべきはその成長の速さであった。芽生えてからわずか1年あまりで、ひとの背丈を越え、先端は手の届かぬ高さとなった。
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いにしえよりラボーレ島を含むひろつ流れ海の南の島々は、島に住み着いた民により、巨きな蛇神が護りしと信じられてきた。その神の力なのか?
むろん、蝮獲りの名人、喜平には蛇神のいわれなど知る由もない。ただ、己を見守る小さき神、ほのほつみから、「殺していけない場所で殺した蛇の呪いを解くには永久の樹の種を蒔くことだ」と諭され、忠実に従っただけだ。
最初のうち、畑から少し離れた森の一角にある永久の樹をだれも目にとめなかった。が、1年が経ち、青々と葉を茂らせる永久の樹を兵たちは見上げた。
「なんだ、この化け物のような樹は?」
樹がこの先どこまで伸びていくのか、いまや兵たちの関心は、そこにあった。
樹が育つと同時に、敵に備えるため、あしかび国の火砲隊の陣地も順調に築かれていった。
丘の下を掘り進むトンネルは、火山の噴火でできたラボーレ島ならではの、もろく崩れやすい土のおかげで、掘るとあちこちで崩れはじめる。兵たちはトンネルの土壁を椰子の木で支えた。
そのトンネルの少し下あたり、海を見晴るかす高みに、観測所が設けられ、さらにその下あたりに、遠くまで放つことができる新たな火砲「榴弾砲」が据えられた。
ラボーレ島への上陸のために近づきくるAMERIGO(アメリゴ)国の船をここから火砲で沈める、その手はずであった。
丘全体は、海から見た形が、鯨が背を海面に浮かべている姿をしている。そこから兵たちは「鯨の丘砲台」と呼んだ。
「敵がラボーレ島に上陸してくる時は、その前に、激しい攻撃をしかけ、わが陣地をまずは壊す。その後、大規模な兵と兵器をつかって一気に攻めてくる。AMERIGO国の船や戦車、飛行機の数はものすごいぞ。そればかりか、兵は身体が大きく、数も多い」
これは、ラボーレ島の東に位置する「ガ」島で、AMERIGO国と戦い、さんざ痛い目に遭わされ、生き残った兵士がラボーレ島に来て、喜平たちに告げたことばだった。
榴弾砲を据えた砲台が完成し、すぐにラボーレ島の軍隊の総隊長を島の本部基地から招いて試射が行われた。
もちろん、喜平の姿もその場にあった。目標は3キロメートル沖の小さな島、そこを敵の船に見立てた。
「狙いよし」
「撃て」
砲が火を噴いた。弾は丸く孤を描き、空高く飛んでいった。
玉の行く末は見えなかったが、小さな島に白い煙があがった。
「命中!」
「よし、良いだろう。よくやった」
総隊長はにっこり笑みを浮かべ、本部のある基地に戻っていった。
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樹の成長していく1年、ラボーレ島にさしたる変化はなかった。ただ、相変わらず、敵の爆撃は続いた。
火砲隊の曹長という位にある野木喜平は、もともとは物資と兵の手配を整え、つねに戦に備える役目を担った。
が、物資は、海からも空からも運ばれてこぬ。兵も1年以上前に入ってきた初年兵が最後だ。そんな喜平に隊長が命じたのが、自活するために農場をつくり、兵たちを養ってほしい。このことであった。
「敵さんは、ほんとうに上陸するのか? たしかに挨拶代わりに戦闘機はやってくるが」
「聞いたところでは、AMERIGO国はあしかび国本土に爆撃を始めたらしいぞ」
「なに! であれば、本土から遠く離れたラボーレ島など、やつらの目じゃないだろう?」
「ならば、我々は本土に戻って戦わねば」
「ただ、いまの状況で船すらうっかり出せぬぞ、すぐボカチンで沈められてしまう」
「なす術なしか……」
ちかごろ兵たちは、自活するための農場で甘藷を収穫しながら、そんな会話を交わしていた。
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夕餉どき、椰子の葉で屋根を葺いた兵舎が立ち並ぶ傍らの炊事場で、川村隆治をはじめ炊事班の兵たちがせっせと支度をしていた。
この日の献立は、甘藷や南瓜の天ぷらだ。油は、椰子の実からとった。南国のラボーレ島にないものはない、贅沢さえいわなければなんでも手に入る。
「腹がぐうぐう鳴るな、良い匂いだ」
「へぇへぇ、そうでしょう。あっ、これは野木曹長。
今夜は宴会です、みんなに腹一杯食べてもらえますよ」
喜平の問いかけに、川村が振り返りつつも、手を休めることなく応えた。
思えば、3年前、火砲を馬から自動車に積み替える「自動車隊」を編成することになった。その際、喜平が声をまずかけたのが当時初年兵としてやってきた川村隆治だった。
兵になる前、自動車を造る工場に勤めていたという川村を、喜平は「自動車隊」の運転手に抜擢した。だれにとっても初めてのこと、だれもが不安だらけだった。
明るい性格で、ときにはめをはずすこともある川村だが、率先して動き自然と他の兵を盛り上げる。おかげで自動車隊は、森繁るヒンジャブ国で、それなりに戦果を上げたのだ。残念ながら自動車隊は、ラボーレ島に来て解散となったが。
額に汗をかいて天ぷらをあげている川村の姿に喜平は目を細めた。そして、ふっと1年ほど前のできごとが脳裏に浮かんだ。
「なぁ、川村」
「なんでしょうか」
「その、いつぞやはすまなかった。つまらぬことでおまえにビンタをくらわしてしまった」
「……、いえ、悪いのは自分ですから。自分の親父は、鍛冶職人です。道具の手入れは怠るなとくどく言われていましたから……。それにビンタは軍隊では当たり前です、謝っていただくなんてもったいない」
「あのあと、部屋に戻り自分の帯剣を鞘から抜いたらさびていてな、そのすまなかった。勘弁してくれ」
「いやだなぁ……。すいません、はやく天ぷらを揚げてしまわなくてはいけないので」
月夜。それは明るさゆえに襲ってこないという暗黙の了解が、敵味方双方にあった。
したがって、今宵は、安心して宴が開けるのだ。
いっぱい気分で酒が入った車座の兵たちに、拍手でむかえられたのは、川村隆治であった。
「いよっ! 隆治名人」
「待ってました、しびれる~」
ラボーレ島の火砲隊で、宴会のトリとなれば、川村の「浪曲」がお決まりであった。木の箱を積み上げた演台に、自らの口三味線で合いの手を入れながら、川村は扇子を手に名調子を披露する。
お茶の香りの東海道、清水一家の名物男、遠州森の石松は、
しらふのときは良いけれど~、お酒のんだら乱暴者よ!
けんか早いが玉に傷、あぁ馬鹿はしなきゃあ~治らない~
ひとしきりうねり、腹の底からしぼり出す川村に、指笛を鳴らす兵、拍手喝采を贈る兵、故郷を想ったのか泣き出す兵などみな酔いしれた。
ちょうど時間となりました。
この続きは、あぁ、またのご縁に預かりましょう~
川村がぺこりと頭を下げる。
みな、ここがラボーレ島であることを忘れた。
が、これが川村の最後の姿となることなどだれも思わなかった。
翌日の午前、AMERIGO国のいつにないまとまった爆撃があった。
鯨の丘砲台の観測所や自営農場のあちこちがやられた。
喜平をはじめ兵たちはてんでに壕に逃げこみ、多くの兵は難を逃れることができた。
が、昼餉前、火を起こそうといち早く炊事場に現れた川村隆治を爆弾は襲った。
血を流して斃れていた川村を見つけた兵が身体を起こしたが、すでにこと切れていた。
永久の樹の先端に、永久の色鳥が止まり、火砲隊の兵たちが浜に川村隆治の亡骸を埋め、哀しむ様ををうかがっていた。
「ひとのなす業のなんと愚かなことか、やがてさらなる悲劇が訪れる。手前勝手な屁理屈を並べ立て、天に唾棄する愚かな所業を、ひとはずっと悔いることになるのだ」
南天にさしかかった日を浴びて、永久の色鳥、いやことのはを風に伝える神、ほのほつみは、ことのはを風に乗せうたっていた。
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【なんだかねぇ】
ぶつぶつ ぶつぶつ ぽっぽっ
ささやくなにかがうごめいている
くしゃくしゃ もしゃもしゃ ぺっぺっ
ものくうなにかがうごめいている
いったいおまえはなんなんだ
なんなんだというおまえはなんだ
なんだとおまえがとうているおまえはたしかなのか
だから なんなんだ
すぅーはぁー すぅー げげげ ごほん ごほん
いいねぇ いきてるゆえにいきをする
ひぃーはーふぅー ふぁくしょん ぐずぐず ぺっ
おいおい いきているゆえにくさめするってか
なんだかねぇ
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