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ともよスコールだ
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あしかび国の兵たちをのせた船団は、森繁るヒンジャブ国からさらに南に向かった。船は、何艘もの船が一団となっていく。その船団のなかに、火砲隊の一団を乗せた船もあった。
農民上がりの兵士、喜平がそこにいた。齢四十を超えるときに兵となり、すでに丸3年、ことしもあと3か月ばかりで正月を迎える。あしかび国なら昼と夜の時間が釣り合った時季で、「暑さ寒さも彼岸まで」といわれる。が、赤道直下では関係ない。このまま戦地での正月を迎えるとなると喜平にとって4度目となる。
兵を乗せた船は、兵たち蚕のようにぎゅうぎゅう詰めで、船室は暑く居場所がなく、甲板に出るほかはない。しかし、甲板とてけっして居心地は良くなかった。
「あの小さな神は、どこにいるのかな。あやつと話していると故郷の子どもたちと話している気持になる。不思議だ」
その、ことのはを風に伝える神、ほのほつみは、不老不死といわれる海亀の背に生えた苔にまぎれて、あしかび国の船団についていた。
いま、この海は、戦がひんぱんに繰り広げられ、魚に交じって、潜水艦などという物騒なものが泳いでいる。
その潜水艦からは「魚雷」という名の爆弾がさっー、さっーと放たれる。
魚だったら船にあたっても、魚のほうが傷つくが、爆弾だけにそいつが船にぶつかったら最後、海の底の藻屑となって、沈んでいく。
もちろん、戦である限り、戦うものが双方、同じようにやる。お互い様だが、喜平は4年近くも戦に身をおくと、戦いが日常となり慣れてしまった。その慣れた自分を思って、苦笑いをひそかに浮かべる。戦いは相手を倒すのが狙いだが、己を己で見つめ、己を「ばかな奴め」と笑う、それは「まだ生きているぞ」と思える瞬間であった。
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喜平は、妻からの「軍事郵便」を懐からだした。喜平には、5人の子どもがいる。4人の男の子の兄弟と、ひとり娘だ。
妻の手紙は、子どもたちの話が中心だった。それだけだったが、むろん、それが喜平には、なによりありがたかった。
長男の喜一はすでに小学校を出た。喜一は、おとなしく優秀で、地元の中学校に一番の成績で入った。弟妹の面倒をよく見ているとつづられていた。
次男の誠二は、やんちゃざかりの10歳、腹を減らしてけんかに明け暮れている、ただ正義感が強く、けんかも自分のためというより義憤からのもので、それが救いだという。
三男の文三は、9歳。すぐ上の兄と年子で、兄について元気に遊び回っている、ときおり起こる兄弟げんかのときは仲裁役となり、頼りになる。なるほど文三らしい。
四男の志郎は、5歳。再来年小学生になる。利発で兄たちのけんかを遠巻きにながめながら、すぐ下の娘の面倒をよく見てくれる。
「しばらく見ぬ間に、みんなすっかりお兄ちゃんになったな」と喜平はひとりほくそ笑んだ。
そして、ひとり娘の早穂である。
「あなたが出征したあとに生まれた早穂ですが、ことしは3歳のお祝いに親戚からお人形をいただき、それを大切にしています」とあった。兄たちにとっては大切な御姫様で、早穂は目が見えないけど、なんの不自由もないと手紙につづられていた。
「早くみなに会いたいものだ」と船の甲板で手紙を読んだ喜平は、思わずひとりごちた。
しかし、今回の戦は故郷からさらに遠く離れて征くようだ。
思いは軍服の胸のうちにしまい込んで、と喜平は海を眺めた。そのとき、背後からぽんと肩をたたかれた。
「いったい俺たちはどこへ征くのかな」
ふり向くとそこにひとりの兵が立っていた。その兵は、中島金治だった。喜平とは同郷、いや幼なじみであった。手紙を読んでいたところを見られたかと不安になりながら、喜平は返事をした。
「中島……大尉!」
中島は軍隊の学校を出て、歩兵の隊長をしている。喜平よりも階級、つまり位が上だった。が、そこは学校で机を並べ、いっしょにいたずらをした仲。「位の上の者へは敬語」が軍の決まりだったが、ぽんと肩をたたかれた瞬間、この場はひととき童心に戻った。
「やはり、喜平だったか。港で、おまえを遠くからみかけ、もしやとは思ったが……、おい元気だったか?」
「おお、なんとか死なずにいるぞ」
「はやく家族にあいたいな」
中島の視線は、喜平の胸元にいった。
「うん」と返事しながら、やはり見られたかと喜平は、はにかんだ。
「知っているか、わが海軍がAMERIGO(アメリゴ)国の船団に敗れたらしい」
「なにをいっている! 神将と呼ばれた艦長がいるいるわが国の海軍だぞ!?」
「いまから三月ばかり前だ。おまえも知っているだろう? M海での戦いだ。あしかび国の空母が全艦沈められたらしい」
「たしかか? 新聞は勝ったと書いていたが?」
「どうも、逆らしい」
「あしかび国の空母がすべて? AMERIGO国に……?」
「他言は無用だぞ。これから戦に征く先は、俺もは知らぬが、いずれにしてもAMERIGO国と領地を巡っての戦だろう。どうやら敵は本気を見せてきた。たやすく勝たせてはくれぬだろう、なぁ。さて、船室に戻るとするか」
「元気でな」
「ああ、互いにな」
中島が去り、ひとりとなって喜平は海を見ながら、敵国のこと、これからの戦などについてつらつら思いにふけった。
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AMERIGO国は、この世を創りしという一つ神を信じるhyutopos(ヒュトポス)の国々のひとつで、潮流れる太洋、ひろつ流れ海の東の大陸にある。ひろつ流れ海をはさんであしかび国が西、AMERIGO国は東とそれぞれにらみ合う位置にある。
AMERIGO国と名の付く大陸は、でかい。そしてもともとそこに暮らす民たちがいた。が、一つ神を信じるhyutoposの民たちが「新大陸」にわたってきて元々の民たちの居場所を奪い、AMERIGO国という新たな国を作った。
国と国との戦が世界を巻き込むまでにひろまった今、AMERIGO国は多くの物資と兵器をもち、またhyutoposのなかから優秀なひとを集め、豊かな財力を使い大きな戦力を抱えていた。
喜平たちが森繁るヒンジャブ国で用いた火砲を積んだ自動車はもともとAMERIGO国が産み出したものだ。
「先を見極め、一度に大量につくり、集め、すばやく動き、無駄なく目的を遂げる」
まだAMERIGO国と戦を始める前、商をしている西洋かぶれのひとから聞かされたAMERIGO国の考え方だ。
なんでも、国の長は民たちの選挙で選び、だれにでも長になれる機会がある、映画なんて「総天然色だぞ」ということらしい。
地球の位置関係から、あしかび国がひろつ流れ海の潮にのり、東に向かえば、どこかの地点でAMERIGO国とぶつかる。ぶつかれば領土の奪い合いになり、戦になる。必然だ。
昨年末、あしかび国がひろつ流れ海に浮かぶAMERIGO国のH島に奇襲をかけ、勝利を挙げた。それが、今度は、「負けてなるものか」とAMERIGO国が本気を見せてきた。
3か月前、奇襲作戦で勝ったH島の西、M海域だった。
「そこで我が軍の空母がすべて沈められた……」
近年の戦は、船と船との戦いから、さらに船に飛行機を乗せ、飛行機による空からの爆撃が加わった。その飛行機を積んだのが空母という船だ。
空母は、ほかの船とくらべ抜きん出て巨きい。
船の上に飛行機が飛び立つ滑走路をどんとのせ、そこから何百機という飛行機が蜂のごとく飛び立ち、攻撃に出かける。
途中、燃料が切れ海に沈むあわれなのもいる、また敵に襲われ撃ち落とされ、沈むかわいそうなのもいる。
戦いが終わり、やれやれやっと母のもとに帰れる。空母とは、まさに船の母であった。
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「いかんスコールだ」
喜平の一時の妄想を、大雨が破った。それは、あしかび国の夕立とも違う。
空一面がきゅうに雲に覆われたかと思うと、大粒の激しい雨が来る。
雲からは雨が筋となって降り注いでいた。
その雨の筋が降るのとは逆、黒いうねりのようなものが、海から立ち上り、空に向かっていく。まるで海から黒い柱がたちのぼるように。そしてその先端が陽の光を受けて輝いている。
「海蛇か? いや、竜?」
喜平はその正体がつかめぬまま船室に消えていった。
「喜平さん、あれは確かに竜だよ。太洋の神の遣い手、わたつみの竜だ」。
不老不死の海亀の背にのった、ことのはを風に伝える神、ほのほつみが、海から現れた。
船の突端に、激しい雨のなか一点の光となって輝くその姿を喜平はもちろん、だれも見ていなかった。
「海亀が私に教えてくれたんだ」。
海の神、わたつみはたいへん怒っている。ひとが万物を我が物として統べようとしている思い上がりを。
いままた、この世の節理を根底から破壊する爆弾を産み出そうとしている、そのひとの密かな企みを。
天の中つ国で見た竜の徴、「天地否」がいま現実になろうとしている。
【黒い哀歌】
はるか彼方の神の言い伝え
地より萌えでた竜の歯は兵となり
殺し合いを覚えた
そこに流された血の地に沁みる
はるか異国の仙人の諭し
地より立ち昇った竜の涙は雲となり
烈しき雨の骸を洗う
そこに生まれた泉の地に沁みる
ひとは畠に麦を蒔かない
ひとは田に早苗を植えない
祭りの笛は響かない
女の嘆きは届かない
地に生れたものは地へ
天を翔たものは天へ
ひとは宿世を忘れ
地の叫びを聞かずいる ひとの哀れよ
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