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森のひとの哀しみ
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「よし、追撃するぞ!」
数多くの島々からなる森繁るヒンジャブ国。その島のなかでも北に位置する北の大島。その石油の井戸を、やはり太洋、ひろつ流れ海に浮かぶ島国であるあしかび国の軍隊が攻めた。
「肌の色が似ているヒンジャブ国は我が同朋である、約300年にわたりヒンジャブ国をORANGA(オランガ)国の手から解き放つ」という大義の下、あしかび国が戦を仕掛けたのだった。
ORANGA国は、hyutopos(ヒュトポス)という名に集う国のひとつである。
もともとhyutoposの国々の多くは、この世を作ったされるひとつ神を信じている。
hyutoposは、かつて、命あふるる水の星、地球をぐるりと回り、星が丸いことを見いだした。そして、hyutoposの見いだした神の摂理をもとに産み出した数々の機械を駆使し、大陸の東に位置する天の中つ国をはじめ多くの国々にまで遍く力を及ぼした。そして、森繁るヒンジャブ国の恵みである石油やゴムなどの資源を、hyutoposに属するORANGA国が我が物にしていた。
葦芽のごとくひろつ流れ海に芽生えし島国、あしかび国がORANGA国をはじめhyutoposの手から解き放つ戦は、大陸の東にある天の中つ国をはじめhyutoposから見て東に位置する多くの国々の民たちを巻き込み、広がってきた。その戦が、いままさに世界に広がりつつあったのだ。
しかし、いまは、森繁るヒンジャブ国で闘われつつある戦に目を転じてみよう。
あしかび国の得意とする奇襲攻撃に、虚をつかれたかたちのORANGA国をはじめとするhyutoposの連合軍は、油田をあしかび国に渡してはならなぬと油田に火を放った。
ORANGA国を攻めるため、火を消す作業は、後続の部隊にまかせ、喜平たちの自動車火砲隊は、油田から逃げていくhyutoposの部隊を追撃した。もちろん、単独でなく、歩兵部隊、工兵部隊、食料・物資を運ぶ輜重隊などが一団となって追いかけていった。
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自動車は、速い。
木や家が、どんどん後ろに消えていく。鼻をつく黒い煙がみるみるうちに後ろに遠ざかる。
川をさかのぼっていくと、川幅は狭くなり、森がゆく手を隠すようになってきた。
喜平は、いつにない力を身体に感じていた。
火砲を積んだ喜平たちの自動車部隊は、油田地帯を抜けヒンジャブ国の森を進んだ。
これまでの天の中つ国では、馬で山砲という小さな火砲を分解して運んでいたが、ヒンジャブ国との戦からは、馬から自動車に切り替えたのだった。
あしかび国ではまだ乗物として広く利用されていない自動車は、それを操る者が少なく、じゅうぶんな技術を持っていない。そこで急遽、運転手を養成しなければならなくなった。
ちなみに、この時、歩兵部隊は自転車を用い、意気揚々と進軍していたのだが、自動車隊は、歩兵隊に先んじ森を進んでいたのだ。
自動車は、まだ戦で採り入れられたばかりだったが、運転手を買って出た若い者は、のみ込みも早い。
右や左、上下に激しく揺れ乗り心地はけっして良くはないが、森の道を快調に飛ばしていた。
森のなかは、ときおり極彩色の鳥が前を横切ったり、猿たちが逃げ惑った。
そんなときだった。いきなり、森の向こうから弾が飛んできた。弾は、木の幹にあたり、樹皮が飛び散った。
「退避だ!」
隊長が叫んだ。
自動車を森の木々に隠し、様子をうかがっていると、休む間もなく銃撃が続く。
「森の奥からのようだ。よし、こちらからも火砲をくらわせてやるか」
火砲隊の隊長がほくそ笑んだ。
「ここから撃つとするとあの木がじゃまになります」
たしかに、火砲の前、20~30mのところに、一本の木がじゃまをしている。木をよけて自動車を動かすことは可能だが、敵に身をさらすことになる。
そんなことに思いを巡らせている間に、兵のだれかが自動車を降り、木に向かっていった。
「川村!」
喜平が静止する間もなく、火砲隊の運転手、川村が身を低くして飛び出していった。
手に、斧を持っている。その川村をめがけて敵の砲弾が撃ち込まれる。
音に反応して川村が地面に身を伏せる。進む、身を伏せる、その繰り返しでなんとか木にたどりついた川村は、がんがんと斧で木を倒した。
木がのぞかれると森の奥に、ORANGA国の部隊が現れた。
「いまだ撃て」
隊長が叫んだ。
火砲が火を噴いた。
弾はORANGA国の隊の近くに墜ちた。土煙のなかを敵が逃げるのが見えた。
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さらに追撃して森をいくつか過ぎた。と、目の前に現れたのは川であった。
橋はすでにORANGA国の兵によって爆破されたあとで、橋脚のみが残されていた。
「これくらいの幅の川なら難なく渡ったのだが」
農民あがりの喜平はいまさらながら、馬を思った。
馬が火砲を運んでいたときは、狭い幅の川ならば火砲をばらして、その部位を人で担いで運べた。むろん、馬は自力で川を渡る。が、自動車では橋がなければ渡れない。
どうやら敵は、逃げおおせたようだ。
「どうしましょうか」
喜平が、隊長に指示を仰いだ。
「うむ、ここは少しじっくり時間をかけてでも、進むとしよう」
隊長の指示で、工兵隊に連絡。仮設の橋を渡してもらうことになった。
組み立て式の船を組み立てそれらを何艘か一列にならべ、それらをロープで結ぶ。その上を板をのせる。
そんなひとの行う様を、遠くから水牛がのんびりとうかがっていた。
工兵隊は、ここが己の出番と、日に夜を継いで架橋にかかった。
3日間程度で橋は架かった。
「だいじょうぶか」
喜平の何気ないひとことに、
「なに、戦車が乗ったって大丈夫です」
なんとも頼もしいひとことが工兵隊の兵から返ってきた。
ゆるりゆるりと火砲を積んだ自動車が、なんとか仮設の橋を渡り、対岸についた。
途中、川向こうから敵の弾が飛んでくるのではと、はらはらしたが、攻撃はなかった。
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さらに川に沿ってしばらく森を進むと眼に飛び込んできたのは、ゴム園だった。
両脇をゴムの木が広がるほぼ中央に平屋のバルコニーのついた家があった。バルコニーには揺り椅子が置かれていた。が、当然、そこに腰をかけているひとは見られなかった。
「たったいままで使っていたようだな」
そんな錯覚に陥るほど、平和な風景だった。
「ひとがいないかどうか確認してきてくれ」
隊長から命令が下された。
命令を受けた兵が3人、銃を腰にすえ、あたりをうかがいながらそっと近づく。
足で、ドアを蹴破る。
「だれもいません、もぬけのからのようです」
兵の一人が叫んだ。
「念のため家のなかをあたってくれ」
喜平が隊長から指名をうけた。
「分かりました」
「川村ついてきてくれるか」
初年兵で、運転手の川村を喜平は選んだ。
「分かりました」
扉の向こうは、まだひとのぬくもりがあった。
コップのなかのコーヒー。
2階にあがるとそこは寝室だった。たんすを開けると色とりどりのレースのついた洋服。
壁にかかった十字架にかけられたひとの絵。
窓をあけてゴム園を改めてみる。
だれかに見られているような目を感じた。
敵か?
森の奥から見つめていたのは、ことのはを風に伝える小さき神、ほのほつみであった。
油田から立ち上る黒い煙に巻かれたが、舞い上がった。そして、輝ける神宿る鳥に乗り煙を避けたのだった。
なんとか、ゴム園を見つけ、難を逃れたが、ひとのなすむごい争いや業について考えた。
「わたしは小さい。小さいゆえに、天の運行には預からぬ。ただ、小さきゆえに、天の運行を左右する神の意志を知ることもできる。そして、それをことのはでひとに伝えることもできる」
ひとの行い、業は、回り回ってひとに及ぶ、そのことを小さき神は知っている。それゆえに震えた。
いま森で、ことのはを風に伝える神が寄り添っているのは、脅えきった「森のひと」と呼ばれる大きな猿の家族だった。
「喜平さん、頼むから傷つけるのはひとだけにしてくれ」。
ほのほつみのことばが届いたかのように、喜平が窓をしめた。
「よかったね、君たち」。
「森のひと」と呼ばれる大きな猿は、微笑んだ。
【大地の子】
わたしはだれ
木々の葉がゆれる
一枚一枚 風がぬけてゆく
かぐわしい香りをはこんでくる
わたしのなかにめざめるわたし
わたしはどこからきたの
身にまとう衣が濡れる
一滴一滴 雨が降り注ぐ
懐かしい土の香りをたちのぼらせる
わたしのからだに目覚めるわたし
わたしのうたを聴いているのはだれ
森のなかでみつめている目
森のなかでそばだている耳
森のなかでひそめている息
わたしをやさしく抱くあなた
わたしは大地の子 どこへもゆける
森のむこうにそびえる山
森のうえにひろがる空
森のなかにうまれる川
わたしをはこぶあなた
あなたはだれ
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