私の頭の中の声の正体
私、車に乗っていたり、電車の中とかで、今もよく不思議な声が聞こえてくる。Uターンして、とか、電車降りてというの。Uターンしてもしょうがないって知ってるから、しないけど、なかなかあがらうのは大変。Uターンしたくなる。これを、ADHDの衝動性の理由って思ってた。だけど、noteで、毒親に育てられた人とかのnoteを読んでると、やっぱり、頭の中で声がして、自傷や死にたくなるというのがある。それで、今日、思い出した。私、中学の時、片道2時間、バス、鉄道、地下鉄を乗り継いで通学してて、その時、鉄道を突然降りて、そこからUターンして戻ることが時々あった。Uターン後は大抵、タクシーとか使って家に戻った。結局、学校は休むことになるし、タクシー代5000円とかになるし、すごい不合理。
多分、今のと同じ声が頭の中に響いたんだと気がついた。note、すごいよ。この50年間の謎が解けた。今度、Uターンしてという声が頭の中に響いたら、大きな声で叫ぼうと思う。「待って。私はもう、中学生じゃないの。学校に行く訳じゃないから、Uターンして、家に戻る必要がないの」って。この50年間、いつも聞こえてきた声は、私の無意識の願望だったんだね。私、全然、学校を休みたいって思ったことなかった。深層心理は、休みたかったとは?!
確かに、通学大変だった。でも、自分が行きたくて、頑張って入った中高一貫の女子校。他の家の子は、大切にされたお嬢さんばかり。綺麗で優しくて、勉強ができて、ご両親も立派。クラスの半数は、お家は病院、残りは大学病院の医師、弁護士、会社の社長。私はあの劣悪な環境から逃げたくて、ひたすら、本屋で見つけた、電話帳(中学受験者ならみんな知っている、全国有名私立中学校入試問題1974年版)を繰り返し解いて、やっと入れた学校。田舎出身で、県立高校実存主義の両親に無理してお願いして行かせてもらった中学。休みたかったとは?!確かに、余りの通学の過酷さに、30キロに満たない身体は悲鳴をあげてた。その名残りが頭の中に50年後も残ってることに少し感動。誰からも守ってもらえない子供は、ちゃんと、自分自身を守るための内なる親がいたんだって。もういいよ。安心して。私は大きくなったよ。ありがとう。見守ってくれて。